42歳の誕生日に思うこと 〜「よく生きた」そして「本当に頑張ってきた」〜

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今日は、私の42歳の誕生日。
この10年を振り返り、「よく生きたな」と実感している。
そして何より、「本当に頑張ってきた」と、自分を心から褒めてあげたい。

30歳で脳出血を発症し、31歳で障害者認定。
あの瞬間、人生が大きく変わった。
それまで当たり前だったことが、当たり前ではなくなった。
それでも、私は生き抜いた。

この10年間の道のりは、決して平坦ではなかった。
でも、だからこそ伝えたい。
「生きることは、それだけで素晴らしい」と。


突然の人生の転落

30歳のある日、私は脳出血を発症した。
気がつけば病院のベッドの上。
左半身が動かない。言葉もうまく出てこない。
医者は「リハビリすれば回復する可能性もあるが、元の生活に戻るのは難しい」と言った。

その言葉の意味が、当時の私にはよくわからなかった。
でも、日が経つにつれ、それが「もう元には戻れない」ということだと理解した。

会社は休職を経て退職。
社会とのつながりも薄れた。
健常者だった自分は消え、障害者として生きていかなければならない。
この現実を受け入れるまで、何年もかかった。

「なんで自分だけこんな目に遭うんだ?」
「もう生きている意味なんてないんじゃないか?」

そんな気持ちと戦う日々だった。


それでも、生きてきた

絶望の中、それでも私は生きた。
家族や友人、周りの支えがあったからこそ、踏ん張れた。
リハビリは過酷だったが、「自分でできることを増やしたい」という一心で続けた。

そして、ある時ふと思った。

「できなくなったことを数えるんじゃなくて、今の自分にできることを見つけよう」と。

この考えが、私の人生を大きく変えた。


頑張ってきた自分を誇りに思う

この10年間、私は「できること」を増やす努力を続けてきた。

カウンセラーとして新しいキャリアを築いた。
ブログを始め、同じように苦しむ人たちにメッセージを届けるようになった。
社会とのつながりを取り戻し、自分の価値を再発見することができた。

「障害があるからできない」のではなく、
「障害があっても、できることを見つければいい」。

この思考の変化が、私を救った。

辛い日も、泣いた日もあった。
でも、そのすべてが今の自分をつくっている。

だからこそ、42歳の今日、私は自分に言いたい。

「よく生きたな」
「本当に頑張ったな」


人生は続く

障害を負ったことで、私は「生きること」の意味を深く考えるようになった。
以前のようにバリバリ働くことはできないかもしれない。
でも、「自分らしく生きること」はできる。

これからも、無理せず、自分のペースで歩んでいこう。
そして、これまで私を支えてくれたすべての人に、心からの感謝を伝えたい。

生きている。それだけで価値がある。

今日という日を迎えられたことに、ありがとう。
そして、これを読んでいるあなたにも伝えたい。

「あなたも、大丈夫。」


最後にお願い

もしこの記事に共感してくれたなら、ぜひシェアしてほしい。
障害を負っても、人生は終わらない。
むしろ、新しい道が開けることを知ってほしい。

そして、あなたの大切な人にも伝えてほしい。
「生きることは、それだけで素晴らしい」と。

42歳の誕生日に、この想いを込めて。

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