やっとここまで来ました。
脳出血後「死にたい」
障害の受容後「別にいつ死んでもいい」
そして、現在は「死にたくない」・・・といっても自分の信じるものの為や最愛の妻の為に命を使うことに何の迷いもないですが、ただ死ぬことは嫌だというメンタルになれました。
私の中では「死にたくない」という人は現在幸せな人だという認識があります。
違うという人もいるかもしれませんが、私の中ではそうなんです。
だから、死にたくないと思えたことは、私が脳出血からの障害を乗り越え、再婚し自分の生きる道を見つけ、遂に幸せになれたという想いです。
まあ一度死んだ身ですから今更生きることに執着もありませんが、大切な人たちを悲しませないようにこれからも「自分を大切にする生き方」を貫き、頑張って生きていこうと思います。
今後もこのブログをよろしくお願いします。
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――私が有料noteマガジン「障害者雇用を『善意』から『経営システム』へ」を作った理由
「何を任せればいいか分からない」「配慮と成果の両立が難しい」「管理職ごとに対応が変わる」。そ…
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