人の可能性を奪うのは、能力の不足だけではない。能力を発揮する機会が、最初から与えられていないこともある。
「あの人には、まだ難しいと思います」
「経験がないので、任せられません」
「本人のためにも、今の仕事を続けてもらった方がいいでしょう」
職場では、こうした言葉が交わされます。
そこに悪意があるとは限りません。
むしろ、本人を守ろうとする思いや、仕事の品質を維持しようとする管理職の責任感から生まれる判断もあるでしょう。
しかし、私は一つの疑問を抱いています。
その人は本当に「できない」のでしょうか。
それとも、「できるようになる機会」を与えられてこなかったのでしょうか。
この二つは、まったく違います。
私はかつて、管理職として人を評価し、仕事を任せる立場にいました。
しかし、突然の脳出血によって中途重度障害者となり、今度は合理的配慮を受けながら仕事を任され、評価される立場になりました。
その経験は、人事評価や能力というものに対する私の考え方を大きく変えました。
そして、BPRやWork Architectureという組織設計を考えるうえで、一つの重要な考えにたどり着きました。
評価とは、人の未来に下す判決ではない。
今ある条件の中で何ができているのかを確かめ、次にどんな可能性を開けるのかを考えるためのものである。
今回は、人事評価、成長機会、障害者雇用、そして組織の未来について考えてみたいと思います。
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1.人事評価は、いつから「人間の価値を決めるもの」になったのか
企業が従業員を評価することは必要です。
成果を確認する。
求められる能力を見極める。
仕事を任せる。
報酬や役割を決める。
評価を行わなければ、組織を公平かつ安定的に運営することは難しいでしょう。
しかし、ここには一つの危うさがあります。
本来、人事評価が判断するのは、一定の期間、一定の条件の中で発揮された成果や能力です。
ところが、それがいつの間にか、その人自身の価値や将来の可能性を決める言葉になってしまうことがあります。
「あの人は主体性がない」
「あの人は管理職に向いていない」
「あの人は指示された仕事しかできない」
こうした評価は、どこまで事実なのでしょうか。
例えば、主体性がないと評価された社員がいたとします。
その人には、自分で判断できる範囲が明確に伝えられていたでしょうか。
自分の意見を提案する機会はあったでしょうか。
失敗しても、理由を振り返って次に活かせる環境だったでしょうか。
そもそも、上司がすべてを決める職場ではなかったでしょうか。
もし、自分で判断する機会がほとんどない環境で働いていたなら、その人の主体性を何によって評価したのでしょう。
私は、ここに人事評価の本質的な問題があると考えています。
能力を評価しているつもりで、実際には、その人に与えてきた機会の差を評価している場合がある。
これは、障害の有無に関係なく、あらゆる組織で考えるべき問題です。
2.管理職だった私が、障害者になって見えるようになったこと
私は、脳出血によって左半身に麻痺が残りました。
それまで当たり前にできていたことが、できなくなりました。
身体を動かすこと。
移動すること。
仕事の進め方。
日常生活のさまざまな動作。
以前と同じ方法では、難しくなったことがあります。
もちろん、努力すれば何でも取り戻せるわけではありません。
障害によって実際に失われた能力もあります。
しかし、私が考え直すことになったのは、能力そのものと、能力を発揮するための条件の違いでした。
例えば、以前と同じ身体動作ができないとしても、それまで培ってきた判断力や経験、問題解決の知恵まで、同じように失われたとは限りません。
業務の目的を理解する力。
仕事の無駄を見つける視点。
相手の立場を考える力。
組織の中で起きている問題を構造的に捉える力。
そうしたものは、これまでと違う働き方の中でも活かせる可能性があります。
一方で、どれほど経験や知恵があっても、それを活かせる仕事が与えられなければ、成果として現れません。
成果として現れなければ、評価もされにくい。
評価されなければ、新しい仕事を任される機会も増えにくい。
ここに、私は一つの構造を感じています。
人は、能力が足りないから機会を失うことがある。
しかし、機会が与えられないから、能力を示せないこともある。
管理する側にいた頃には十分に意識できていなかった、この二つの違いが、今はとても重要なものに思えるのです。
3.「評価が機会を奪い、機会の不足が次の低評価を生む」という循環
組織の中で、次のようなことが起きていないでしょうか。
ある社員に対して、上司が「まだ難しい仕事は任せられない」と判断します。
その結果、その社員には比較的簡単な業務だけが与えられます。
本人は、その仕事を真面目にこなします。
しかし、新しい業務を経験する機会はありません。
半年後、あるいは一年後。
評価の時期になります。
そこで上司は言います。
「基本業務はできています。しかし、高度な業務の経験がありません」
そして、次の仕事も任されません。
こうして、その人は同じ場所にとどまり続けます。
この流れを構造化すると、次のようになります。
【評価と機会の固定化ループ】
1. 過去の評価によって、任せる仕事が限定される。
2. 仕事が限定されることで、新しい経験が得られない。
3. 経験が得られないため、新しい能力を示す実績が生まれない。
4. 実績がないため、次の評価でも可能性が低く判断される。
5. その評価を根拠に、さらに機会が限定される。
この循環が続くと、組織は自分たちが与えなかった機会を、本人の能力不足として捉えてしまう可能性があります。
ここで問いたいのです。
その人は成長しなかったのでしょうか。
それとも、成長を確かめる機会そのものがなかったのでしょうか。
もちろん、すべての社員に同じ仕事や挑戦を与えられるわけではありません。
仕事には必要な能力があります。
安全上の制約もあります。
本人が希望しない役割もあります。
だからこそ、重要なのは無条件に仕事を任せることではありません。
「できない」と判断した理由を、検証可能な形で残しているか。
そして、状況が変わったときに、その判断を見直せるか。
私は、そこに組織の成熟度が表れると考えています。
4.「本人のため」という善意が、未来を閉ざすこともある
障害者雇用では、特に慎重な判断が求められます。
「無理をさせない方がいい」
「負担が増えないようにしよう」
「慣れている仕事を続けてもらおう」
こうした配慮は、必要な場合があります。
無理な業務を強いることが、成長支援になるわけではありません。
本人の体調、障害特性、希望、安全性を無視した仕事の割り当ては避けなければなりません。
しかし、ここで私が気になるのは、本人の意思を確認しないまま、周囲が将来の可能性を決めてしまうことです。
「本人のため」という言葉で、本来本人が選べるはずだった機会まで閉ざしていないでしょうか。
一度決めた配慮が、いつまでも固定されていないでしょうか。
本人が成長しても、任される仕事だけは変わらないということはないでしょうか。
必要なのは、配慮を減らすことではありません。
配慮を受けながら、どんな成長や挑戦が可能なのかを考えることです。
ここには、重要な違いがあります。
「あなたには無理だと思うので、任せません」
という言葉と、
「この業務にはこの負荷があります。どの部分なら挑戦したいですか。一緒に方法を考えましょう」
という言葉です。
前者は、周囲が結論を下しています。
後者は、本人が選択に参加できる余地を残しています。
もちろん、話し合った結果、挑戦しないことが適切な場合もあります。
それでも、本人が状況を理解し、自分の意思で選べることには意味があります。
人を大切にすることと、人の選択を代わりに決めることは違う。
私は、そう考えています。
5.必要なのは「能力を信じること」だけではない
「人の可能性を信じよう」
私は、この言葉に賛成です。
しかし、組織の問題を考えるとき、それだけでは十分ではないと思っています。
可能性を信じている。
成長してほしいと思っている。
いつか活躍してほしいと願っている。
その思いがどれほど強くても、仕事や権限、学習機会が変わらなければ、本人の現実は変わらないかもしれません。
組織には、励ましや共感だけでなく、仕組みが必要です。
そこで私は、Work Architectureの重要な要素として、**「機会設計」**という考え方を置きたいと思います。
機会設計とは、人が持っている能力や経験を確認するだけでなく、その能力を発揮し、成長を確かめ、次の選択肢につなげる条件を組織として整えることです。
私は、これを5つの段階で考えています。
① 成果を定義する
まず、仕事の目的を明確にします。
何を完成させるのか。
どの品質が必要なのか。
いつまでに行うのか。
何をもって成果と判断するのか。
ここが曖昧なままでは、社員の能力を公平に評価することは難しくなります。
② 能力と業務条件を分ける
仕事ができない理由を、すぐに本人の能力へ結びつけないことです。
業務手順が複雑すぎないか。
情報が不足していないか。
必要な権限が与えられているか。
身体的・認知的な負担を軽減できないか。
仕事を分解すると、人を変えなくても改善できる部分が見つかることがあります。
③ 挑戦できる範囲を設計する
いきなり難しい仕事を丸ごと任せる必要はありません。
業務の一部分から始める。
期限や件数を限定する。
確認担当者を設ける。
本人の希望を踏まえながら、無理のない範囲で経験を積めるようにする。
大切なのは、挑戦の有無を二者択一にしないことです。
④ 結果と条件をセットで評価する
成果が出たかどうかだけでなく、どのような条件でその結果が生まれたのかを確認します。
必要な情報は渡されていたか。
目標は明確だったか。
支援体制は機能していたか。
本人が判断できる範囲は適切だったか。
そのうえで、実際の成果や改善点を評価します。
これは評価を甘くすることではありません。
評価の精度を高めることです。
⑤ 判断を見直し、組織に残す
一度の評価を、将来にわたる固定的な結論にしないことです。
本人の経験は増えます。
業務も変わります。
技術も進歩します。
本人の希望も変化します。
だからこそ、一定期間ごとに仕事と条件を見直す。
そして、うまくいった工夫を、担当管理職だけの経験で終わらせず、必要な範囲で組織の知識として残す。
この5段階をつなぐことで、評価は単なる点数づけから、次の機会を生み出す仕組みへ変わっていくと考えています。
6.例えば「対人調整が苦手」という評価を、どう変えられるか
ここで、架空の事務職の例を考えてみます。
ある社員が、次のように評価されたとします。
「対人調整が苦手なので、調整業務は任せられない」
しかし、詳しく確認すると、苦手なのは対人調整のすべてではありませんでした。
複数の相手から突然電話が入り、その場で判断を求められる場面では負担が大きい。
一方で、事前に情報を整理し、文章で確認事項を伝えることは得意でした。
この場合、従来の評価だけで判断すれば、「調整業務には不向き」となります。
しかし、仕事を分解すると違う可能性が見えてきます。
例えば、次のような業務設計を検討できます。
従来の業務条件| 再設計の例
突然の電話で即時対応| 連絡内容を文章で整理
その場で回答を判断| 判断が必要な事項を上司へ確認
複数案件を同時処理| 案件ごとに優先順位を明確化
調整業務を一括して担当| 文書による確認業務から段階的に担当
これなら、業務全体を任せることは難しくても、一部を担当できる可能性があります。
その結果を確認すれば、次にどこまで担当範囲を広げられるかも検討できます。
もちろん、実際の配置は本人の意思や能力、仕事の必要条件、安全性を踏まえて決める必要があります。
ここで伝えたいのは、すべての人がすべての仕事をできるようになるという話ではありません。
「できない」という評価の中に、本人の能力の限界と、仕事の設計上の限界が混在していないかを見直すことです。
人を仕事に合わせるだけでなく、成果を維持しながら仕事の方法を見直す。
この発想こそが、私の考えるBPRとWork Architectureの接点です。
7.人事評価を「判決」から「次の機会を考える仕組み」へ変える
管理職が明日から取り組めることがあります。
大規模な人事制度改革から始める必要はありません。
まずは、一人の社員について、次の5つを確認してみてください。
【管理職のための5つの問い】
1. この人に対して「できない」と判断していることは何か。
2. その判断は、実際の行動や成果に基づいているか。それとも印象や予測か。
3. 本人には、その能力を発揮する機会が与えられていたか。
4. 業務の方法や支援条件を変えれば、新たに任せられる部分はないか。
5. 本人は、その仕事に挑戦したいと思っているか。
そして、可能であれば、一つの仕事について小さな試行を行います。
例えば、30日間だけ担当範囲を明確にし、必要な支援を整えて取り組んでもらう。
結果を振り返り、本人の希望も確認する。
難しければ原因を整理する。
うまくいけば、次の役割を考える。
無理に成功させる必要はありません。
試してみた結果、「今はこの仕事を任せない方がよい」と判断することもあるでしょう。
重要なのは、その判断を本人の人格や将来全体への評価に広げないことです。
一つの仕事が難しいことと、その人の未来に可能性がないことは、同じではありません。
8.本当に強い組織は、「優秀な人」だけを集める組織ではない
企業は、優秀な人材を求めます。
それ自体は自然なことです。
しかし、ここでも私は問いを置きたいと思います。
優秀な人を集めることと、人が優秀になれる条件をつくること。
企業は、どちらに力を注いでいるでしょうか。
もちろん、個人の努力や適性、能力の違いは存在します。
すべての人が、同じ成果を出せるわけではありません。
しかし、人材の能力だけでなく、能力を発揮するための条件まで設計できる組織は、より多くの人材を活かせる可能性があります。
これは障害者雇用だけの話ではありません。
育児や介護と仕事を両立する社員。
病気から復職する社員。
経験のない職種へ挑戦する社員。
年齢や職歴によって可能性を決めつけられた社員。
さまざまな事情によって、これまでと同じ働き方が難しくなった人たち。
そうした人々が能力を発揮できる条件を考えることは、組織全体の働き方を見直す機会にもなります。
私は、人的資本経営とは、単に人材を大切にすると宣言することではないと思っています。
人を活かすために、組織が何を変えたのか。
その実行が問われるのではないでしょうか。
9.「不自由な自由」――人の未来を、過去の評価で閉じない
前の記事で、私は「自分らしさ」について考えました。
自分らしさとは、最初から決まっている完成形ではない。
これまでの人生と、これからの選択の間から、自然に滲み出てくるものではないか。
そんな考えを書きました。
“関連記事:自分らしさとは何か?本当の自分を探すより、人生を選び直すということ” (https://newlifestylesdlm.jp/2026/11/03/jibunrashisa-life-choices-redesign/)
私は、組織の中にいる人間についても、同じことが言えると思っています。
昨日までできなかったからといって、明日もできないと決まったわけではありません。
一度失敗したからといって、その人の未来まで失敗したわけではありません。
反対に、昨日までできていたことが、今日も必ずできるとは限りません。
人は変わります。
能力も変わります。
環境も変わります。
大切にしたいものも変わります。
それなのに、組織が過去の評価だけで人を固定してしまったら、その人が変わる余地はどこに残されるのでしょうか。
私は、中途重度障害者になって、以前の自分には戻れないという現実に直面しました。
しかし、以前の自分に戻れないことは、これからの人生まで失うことではありませんでした。
人間には、自分では変えられない条件があります。
それでも、その条件の中で、新しい可能性を見つけられることがあります。
そして、周囲の人や組織が、その可能性を広げられることもあります。
だからこそ、私は考えます。
人を評価することと、人の未来を決めつけることは違う。
人の可能性を信じるとは、無条件に「できる」と励ますことではない。
その人が自ら選び、挑戦し、必要なときには立ち止まれる条件を整えることではないでしょうか。
それが、私の考える「不自由な自由」を、組織の中で実現する一つの方法です。
—
10.御社の人事評価は、誰かの未来を広げていますか
最後に、経営者や管理職の方へ一つ問いかけたいと思います。
御社の人事評価は、従業員の現在地を確かめるためのものでしょうか。
それとも、過去の評価を繰り返し確認するだけのものになっていないでしょうか。
「この人には無理だ」
そう判断したときに、もう一度だけ考えてみてください。
本当に無理なのは、その人でしょうか。
それとも、その人に可能性を試してもらうための仕組みが、まだ御社にないのでしょうか。
もちろん、すべての問題が組織設計で解決するわけではありません。
けれど、本人の努力不足や能力不足と判断する前に、組織が変えられる条件を確認することはできます。
人を責める前に、構造を見る。
人を決めつける前に、機会を確かめる。
そして、人の未来を過去の評価だけで閉ざさない。
私は、そんな組織が増えてほしいと願っています。
人間は、完成品ではない。
だからこそ、組織もまた、人を完成品として扱ってはいけない。
—
御社の障害者雇用は、誰かの善意だけで回っていませんか
人を活かすためには、仕事、配慮、評価、管理職支援、成長機会を別々に考えるのではなく、組織としてつなぐ必要があります。
しかし、現実には、
– 理解ある上司がいる間だけ、仕事が回っている。
– 配慮はあるのに、期待する成果が曖昧になっている。
– 定着しているのに、その先のキャリアが用意されていない。
– 担当者が変わると、本人についての理解も引き継がれない。
といった問題が起こることがあります。
その原因が、個人の能力だけではなく組織の構造にあるとしたら。
まずは、自社の現在地を確認してみませんか。
【無料】障害者雇用・善意依存度診断
全12問・約3分。
業務設計、合理的配慮、管理職支援、ナレッジ継承、成長・評価、組織ガバナンスの6領域から、属人化している可能性のある部分を確認できます。
“無料で「障害者雇用・善意依存度診断」を受ける” (https://newlifestylesdlm.jp/disability-employment-goodwill-dependency-check/)
診断は、誰かを評価したり責めたりするためのものではありません。
人が力を発揮できる条件を、組織として考えるための出発点です。
さらに、採用から業務設計、合理的配慮、評価、キャリアまでを一体として考えたい方は、こちらの記事もご覧ください。
“障害者雇用は「採用・定着・評価」を別々に考えてはいけない――Work Architecture完全入門” (https://newlifestylesdlm.jp/2026/10/22/disability-employment-work-architecture-recruitment-management-evaluation/)
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『不自由な自由』
パラレルワーカーK
元管理職/中途重度障害当事者/障害者雇用アドバイザー/BPR・Work Architecture
人を変える前に、条件を問い直す。人生にも、組織にも、まだ選び直せる未来がある。















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