人材こそ会社の血液である――元課長×障害当事者が語る人的資本経営と「組織の血流」のつくり方

Spread the love

「会社にとって、お金は血液である」

経営の世界では、そんな言葉を耳にすることがあります。

確かに、資金が止まれば会社は存続できません。

給与も払えない。

仕入れもできない。

設備投資もできない。

事業を継続できない。

だから、お金を血液にたとえる考え方には合理性があります。

しかし私は、中途重度障害者となり、その前には健常者として課長を経験した立場から、少し違うことを考えるようになりました。

会社にとって、本当の意味で血液に近いのは「人材」なのではないか。

私は、そう感じています。

なぜなら血液は、ただ存在しているのではありません。

酸素を運ぶ。

栄養を運ぶ。

老廃物を運び出す。

異常を察知する。

免疫を届ける。

身体の離れた場所同士をつなぐ。

つまり、

生命を維持するために、必要なものを必要な場所へ運び続けています。

会社の中で、その役割を担っているのは誰でしょうか。

顧客の声を経営へ届ける。

経営の意思を現場へ届ける。

知識を次の世代へ伝える。

部署と部署をつなぐ。

問題を発見する。

改善する。

新しい価値を考える。

危機の兆候に気づく。

お金を使い、設備を使い、情報を使い、最終的に価値へ変える。

それをしているのは、

人です。

お金は重要です。

しかし、お金そのものは顧客を理解しません。

お金そのものは判断しません。

お金そのものは改善案を出しません。

お金そのものは、誰かの痛みに気づきません。

お金を価値へ変える主体は、最後は人です。

だから私は、

お金は企業に必要な酸素や栄養であり、
人材は、それを全身へ運び、会社を生かしている血液なのではないか。

そう考えています。

そして、この見方をすると、障害者雇用の意味も大きく変わって見えてきます。


■ 人材が血液なら、経営は「流れ」をつくる仕事になる

この比喩をもう少し深く考えてみます。

人材を血液とするなら、

会社は、人材を採用すれば終わりではありません。

血液は、体内を循環して初めて機能するからです。

どれほど優秀な血液があっても、

血管が詰まっていれば届きません。

必要な場所へ流れなければ、身体は機能しません。

企業も同じではないでしょうか。

優秀な人を採用した。

しかし、仕事を任せない。

情報を与えない。

裁量を与えない。

評価しない。

異動の機会もない。

成長機会もない。

成果を出しても昇格しない。

その人に合わない働き方を強制する。

これでは、

「良い人材を採用した」のではなく、

人材の流れを止めている

だけかもしれません。

ここに、人的資本経営の本質があると思っています。

人材を「所有すること」が人的資本経営なのではない。

人の知識・経験・能力・意欲が、組織の中をどう循環し、最終的に企業価値へ変わるのか。

そこまで設計して初めて、人的資本経営になるのではないでしょうか。


■ 人材不足とは、本当に「人が足りない」ことだけなのか

日本企業では、人手不足が大きな経営課題になっています。

そのため、多くの企業が採用へ力を入れます。

もちろん必要です。

しかし私は、ここで一つ問いを持っています。

本当に足りないのは「人」だけなのでしょうか。

すでに社内にいる人材の力を、十分に使えているでしょうか。

例えば、

能力があるのに単純業務しか任されない障害者。

専門性があるのに、育児で残業できないため昇格候補から外れる社員。

豊富な経験があるのに、介護で勤務時間が変わったため重要業務から外れる社員。

病気から復職した途端、それまでのキャリアとは切り離された仕事しか与えられない社員。

高い能力があるのに、「昔ながらの働き方」ができないという理由で評価されない人。

もしこうした人が社内にいるのであれば、

企業が抱えている問題は、

人材不足だけではなく、

人材循環不全

なのかもしれません。

新しい血液を入れ続ける前に、

今ある血液がきちんと全身を巡っているのかを見る。

経営には、そんな視点も必要だと思います。


■ 中途障害者になって、「能力」と「働く条件」は違うと知った

私はかつて、健常者として課長を経験しました。

当時は仕事を任せる側でした。

この仕事を誰に任せるか。

誰なら期限を守れるか。

誰なら責任を持てるか。

どの人員をどこへ配置すれば、組織として成果を出せるか。

そう考えていました。

それは管理職として、ごく自然なことだったと思います。

しかし、その後、私は中途重度障害者になりました。

今度は自分自身が、

「以前と同じ条件では働けない人」

になりました。

身体の機能は変わりました。

できなくなったこともあります。

時間がかかることもあります。

配慮が必要なこともあります。

けれど、不思議なことがあります。

それまで仕事の中で身につけてきたものまで、すべて消えたわけではありません。

知識。

経験。

判断力。

問題解決力。

仕事への理解。

失敗から学んだこと。

人との関わり方。

それらは残っています。

ここで私は、

「以前と同じ働き方ができない」と、
「価値を生み出せない」は別の話なのだ

と、身体で理解しました。

そして同時に、管理職だった頃の自分へ問いが生まれました。

私は本当に、

「人の能力」

を見ていただろうか。

それとも、

「会社が想定した方法で働けること」まで、能力として評価してはいなかったか。

今でも自分自身に問い続けています。


■ 血液が流れない原因を、血液のせいにしていないか

ここに、障害者雇用の非常に重要な問題があります。

ある障害者が、仕事で十分に能力を発揮できない。

すると、

「本人の能力が低いのではないか」

「障害特性上、難しいのではないか」

と考えることがあります。

もちろん、その可能性がある場合もあります。

できること、できないことは誰にでもあります。

しかし、別の可能性も考える必要があります。

問題は、その人ではなく、その人の能力が流れる経路にあるのではないか。

指示が曖昧。

必要な情報が届かない。

仕事が属人化している。

本人に合わない方法しか認められない。

評価基準が不明確。

成果を出しても仕事が広がらない。

管理職に調整権限がない。

人事と現場が連携していない。

こうした状態なら、

血液そのものに問題があるのではなく、

血管が詰まっている

と考える方が適切かもしれません。

ここが、障害者雇用を見る経営者・管理職にぜひ考えてほしい部分です。

障害者が組織の問題をつくったのではない。

違う条件を持つ人が入ったことによって、

それまで見えなかった「組織の詰まり」が可視化された。

私は、そういうケースも少なくないと思っています。


■ 障害者雇用は、組織の「健康診断」でもある

そう考えると、障害者雇用は会社にとって非常に価値があります。

なぜなら、

普段は見えにくい組織の弱点が、はっきりするからです。

指示が曖昧なら、問題になる。

評価が曖昧なら、問題になる。

属人化していれば、問題になる。

一つの働き方しか認めなければ、問題になる。

管理職へすべて任せていれば、問題になる。

キャリア制度が画一的なら、問題になる。

そして私は思います。

これは「障害者雇用が難しい」のではなく、

障害者雇用によって、もともと存在していた経営課題が見えるようになっている

のではないでしょうか。

だから障害者雇用は、

福祉政策でもあり、

人事課題でもありますが、

同時に、

組織の健康診断

でもあると思っています。


■ 「人が変わったとき、会社も変われるか」

そして、この問題は障害者だけでは終わりません。

人は変わります。

病気になる。

親の介護が始まる。

子どもが生まれる。

年齢を重ねる。

体力が変化する。

人生の優先順位が変わる。

優秀な社員も、明日から会社が想定する「標準的な働き方」ができなくなるかもしれません。

そのとき会社はどうするのでしょう。

「以前と同じ働き方ができないなら、難しい」

と判断するのか。

それとも、

「この人がこれまで蓄積してきた価値を、どうすればこれからも組織へ循環させられるだろう」

と考えるのか。

私は、この違いが企業の将来を大きく左右すると思っています。


■ 人材流出は、企業にとって「出血」である

人材を血液と考えるなら、もう一つ見えてくるものがあります。

離職です。

もちろん転職は個人の自由です。

企業にも新陳代謝は必要です。

すべての退職を悪いものと見るべきではありません。

しかし、

本当は活躍できた人材が、

仕事を任せてもらえず、

評価もされず、

キャリアも見えず、

「ここにいても自分は必要とされていない」

と感じて辞める。

これは企業にとって、

単なる1名の退職でしょうか。

私は、

組織から価値が流れ出す「出血」に近い

と思っています。

そして怖いのは、

一人が辞めることではありません。

その人が持っていた、

経験。

暗黙知。

顧客との関係。

社内ネットワーク。

専門性。

将来の可能性。

それらも一緒に失われることです。

採用コストだけを計算していては、本当の損失は見えません。


■ 採用より先に、「流れ」を見直す

だから人材不足時代の経営では、

「どう採用するか」

と同じくらい、

「今いる人材をどう循環させるか」

が重要になると思います。

本人の能力に応じて仕事を広げる。

配置を変える。

働き方を調整する。

専門性を横展開する。

別の部署でも活かす。

管理職から管理職へ情報を引き継ぐ。

本人が成長したら仕事内容も変える。

成果が出たら評価する。

評価を昇格・報酬につなげる。

これらはすべて、

人材を組織の中で循環させる経営

です。

人を採って終わりではない。

囲って終わりでもない。

流して、つないで、価値へ変える。

ここまでが経営なのではないでしょうか。


■ 組織制度は「血管」である

人材を血液と考えるなら、

制度や組織構造は血管に近い存在だと思います。

評価制度。

配置制度。

キャリア制度。

昇格制度。

情報共有。

勤務制度。

合理的配慮の仕組み。

管理職と人事の連携。

これらによって、

人材の能力がどこへ届くかが決まります。

だから制度設計を間違えると、

優秀な人材がいても価値へ変わりません。

例えば、

成果より在席時間が評価される。

管理職になるには長時間労働が前提。

障害者は補助業務から出られない。

一度決めた配慮は見直されない。

異動すると合理的配慮がリセットされる。

上司が変わると評価まで変わる。

こうした制度があれば、

人材の力は途中で止まります。

問題は、

「人材が弱いこと」ではなく、

血管設計が悪いこと

なのです。


■ 管理職は「血流をつくる人」である

私は、ここで管理職の役割も再定義できると思っています。

管理職とは、

単に部下を監督する人ではない。

人を動かす人でもない。

私は今、

人の能力が、組織の中で正しく流れる状態をつくる人

なのではないかと考えています。

誰に何を任せるか。

誰と誰を組み合わせるか。

どんな情報が必要か。

何が障壁になっているか。

本人が何を目指しているか。

どこまで期待するか。

何を支援するか。

どの成果を評価するか。

それを見極める。

これは単なる管理ではありません。

流れの設計です。

だから、これから価値の高い管理職は、

人に会社の型を守らせる人ではなく、

人の力を成果へつなぐ経路を設計できる人

になるのではないでしょうか。


■ しかし管理職一人に「血流管理」を背負わせてはいけない

障害者雇用を現場管理職の善意へ丸投げしてはいけません。

どれほど優秀な管理職でも、

制度を変える権限がない。

人員を動かせない。

予算を使えない。

人事との連携がない。

相談先がない。

その状態で、

「人を活かしてください」

と言われても限界があります。

だから、

経営が方向を示す。

人事が仕組みをつくる。

管理職が仕事を設計する。

本人も自分の状態と能力を伝える。

必要なら専門職が支える。

この循環が必要です。

人材が血液なら、

人材を活かす責任もまた、一部署だけではなく全身で担うべきもの

なのだと思います。


■ 「配慮」とは血流を止めないための仕組みでもある

合理的配慮についても、この視点から考えると少し見え方が変わります。

合理的配慮は、

障害者だけを優遇することではありません。

私は、

その人の能力が、障壁によって途中で止まらないようにすること

だと考えています。

例えば、

移動が障壁なら方法を変える。

口頭指示が障壁なら文章にする。

勤務時間が障壁なら成果と時間を切り分ける。

設備が障壁ならツールを導入する。

そして障壁が取り除かれたなら、

その先では、

期待する。

任せる。

成長してもらう。

評価する。

合理的配慮の目的は、

人を仕事から遠ざけることではありません。

その人の力を、再び仕事へ流すこと。

私はそう考えています。


■ 障害者には「配慮される権利」と「期待される権利」がある

ここで、私は何度でも書きたいことがあります。

障害者には、

配慮される権利と同じくらい、期待される権利がある。

配慮する。

しかし仕事を任せない。

配慮する。

しかし昇格させない。

配慮する。

しかし成長を期待しない。

それでは、人材は循環していません。

血液を大切だからと言って、一か所に止めておけば身体は生きられない。

人材も同じだと思います。

守るだけではなく、流す。

任せる。

挑戦する。

失敗する。

学ぶ。

成果を出す。

評価される。

次の役割へ進む。

この循環があって初めて、人は組織の中で生きます。


■ 公平とは「全員を同じ場所に止めること」ではない

ここで公平性の問題も出てきます。

「あの人だけ勤務方法を変えるのは不公平ではないか」

「あの人だけ支援するのは特別扱いではないか」

という意見です。

私は管理職経験がありますから、この感覚も理解できます。

しかし、

公平とは本当に、

全員へ同じ条件を課すこと

でしょうか。

企業が求める成果が同じなら、

成果へ到達する方法が違ってもいい場合があります。

重要なのは、

全員を同じ道から走らせることではなく、

一人ひとりの能力が、正当に成果へつながる状態をつくること

ではないでしょうか。


■ 多様性とは、「違う人を集めること」ではない

多様性についても、私は同じことを感じます。

女性を増やす。

障害者を増やす。

外国籍社員を増やす。

若手を増やす。

それ自体には意味があります。

しかし、

多様な人を集めただけで、

その人たちの能力が組織へ流れていなければ、

本当の意味で多様性を活かしているとは言えません。

だから私は、

多様性の本質は、人の違いを集めることではなく、その違いから生まれる力が組織全体へ循環する仕組みをつくること

だと思っています。

そして、違う人が入ったことで既存制度が機能しなくなったなら、

「その人が合わない」

で終わらせるのではなく、

会社自身が変わる。

ここまでできて、初めてインクルージョンになるのではないでしょうか。


■ 人が変わったとき、会社も変われるか

私は、この問いこそ今後の企業にとって重要になると考えています。

社員は変わります。

人生があります。

病気になることもある。

障害を負うこともある。

育児をする。

介護をする。

年齢を重ねる。

働ける条件が変わる。

そのたびに、

「今までと同じように働けないから、もう合わない」

と判断する会社になるのか。

それとも、

「では、この人の価値が流れ続けるために、何を変えればいいだろう」

と考えられる会社になるのか。

私は、後者こそが人的資本経営だと思っています。


■ 経営者が見るべきは「人数」ではなく「循環」である

何人採用したか。

何人障害者を雇用したか。

何%女性管理職がいるか。

もちろん数字は重要です。

しかし、その数字だけでは組織の強さは分かりません。

本当に見るべきなのは、

採用した人が成長しているか。

能力に合った仕事へ移れているか。

必要な情報へアクセスできているか。

仕事が広がっているか。

成果が評価されているか。

報酬へ反映されているか。

キャリアが続いているか。

そして、

その人の能力が、会社のどこかで止まっていないか。

ではないでしょうか。

人材を血液と考えるなら、

経営者が見るべきは、

「何リットル血液があるか」

ではありません。

きちんと全身を巡っているか。

です。


■ 人材を大切にする会社とは、「優しい会社」ではない

ここも非常に重要です。

人材を大切にするというと、

福利厚生を増やす。

休みやすくする。

優しく接する。

という話になりがちです。

もちろん、それらも大切です。

しかし、それだけではない。

私は、

人材を大切にするとは、その人の力を無駄にしないこと

でもあると思っています。

能力があるなら任せる。

成長したなら仕事を広げる。

成果を出したなら評価する。

事情が変わったなら、活かし方を考え直す。

本人の可能性を、一つの働き方だけで判断しない。

それが人材を大切にするということではないでしょうか。

「優しくすること」と、

「価値を信じること」は違います。

そして時には、

期待することこそ、最大の敬意

になることもあると思っています。


■ 元課長と中途重度障害者、その両側から見えた経営の本質

私は管理職だった頃、

人をどう仕事へ配置するかを考えていました。

中途重度障害者になった今は、

仕事をどう人へ合わせ直すかも考えるようになりました。

どちらも必要です。

人だけに合わせれば、経営は成立しません。

会社だけに合わせれば、人を失います。

だから、

人か会社か。

配慮か成果か。

優しさか厳しさか。

という二択ではない。

人の違いを前提にしながら、成果を最大化する仕組みをつくる。

そこに経営の仕事があると思っています。


■ 経営者・管理職へ、最後に一つ問いかけたい

御社には、優秀な人材がいると思います。

では、その人が明日病気になったら。

親の介護が始まったら。

障害を負ったら。

働ける時間が変わったら。

それでも、その人が長年蓄積してきた価値を、

組織の中へ流し続けることができるでしょうか。

もし、

「以前と同じように働けないから難しい」

となるのであれば、

失われるのは一人の人材だけではありません。

その人の経験。

知識。

関係性。

可能性。

そして会社が、その人へ投資してきた時間まで失われます。

会社にとってお金が重要なのは、間違いありません。

しかし私は思います。

お金だけでは、会社は動かない。

お金を使うのも、

判断するのも、

つなぐのも、

改善するのも、

新しい価値をつくるのも、

最後は人です。

だから私は、

会社にとって人材こそ血液なのだ

と考えています。

そして血液を大切にするということは、

ただ持っていることではありません。

流し続けることです。

人が変わっても。

環境が変わっても。

働き方が変わっても。

その人の力が、組織のどこかで止まらないようにする。

人を採用する会社から、

人を活かす会社へ。

人を活かす会社から、

人の変化さえも力に変えられる会社へ。

私は、その力こそが、

人手不足の時代に企業が持つべき本当の競争力であり、

人的資本経営の本質なのだと思っています。

最後に残る問いは、とてもシンプルです。

人材が会社の血液だとしたら、
あなたの会社では、その血液は本当に全身を巡っていますか。

それとも、

まだどこかで、

止まってはいないでしょうか。


■ あわせて読みたい

今回の考え方につながる前段として、まずこちらの記事では、

障害者へ簡単な仕事を「切り出す」のではなく、人の能力を活かせるように仕事そのものを再設計する

という考え方を、元課長と中途重度障害当事者の両方の立場から整理しています。

▶ 障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは足りない――人を活かす仕事の再設計
https://newlifestylesdlm.jp/2026/09/01/disability-employment-job-redesign-management/


さらに仕事を再設計しても、それを一人の優秀な管理職の善意へ依存させてはいけません。

次に必要になるのは、

経営・人事・管理職がどう役割を分担し、「誰が上司になっても人を活かせる会社」をつくるのか

という組織設計です。


そして、その先にはもう一つ避けて通れないテーマがあります。

異なる働き方をする人を、企業はどう公平に評価するのか。

同じ時間働くことと、同じ価値を生み出すことは同じなのか。

合理的配慮を受ける社員と、受けない社員の「公平」とは何なのか。

成果・昇格・給与をどう設計すべきなのか。


仕事の再設計

組織の再設計

人材循環

公平な評価

キャリア・報酬


この一連の記事を通して、

「会社とは、人をどう活かす存在なのか」

という経営の根本を、これからも考えていきたいと思います。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
経営者・管理職・人事の方へ
ここから先は、「考え方」ではなく「実装」です。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

障害者雇用を、

「法定雇用率を達成するための採用」

で終わらせていないでしょうか。

本当に難しいのは、採用した後です。

どう仕事を任せるのか。
どこまで配慮するのか。
何を成果として評価するのか。
どう成長機会をつくるのか。
管理職だけに負担を背負わせないために、何を仕組みにするのか。

そして、人材不足が深刻になるこれからの時代、

「人が足りない」

という問題を、本当に採用だけで解決できるのでしょうか。

私は、元課長として「仕事を任せる側」を経験し、
その後、中途重度障害者となって「仕事を任される側」になりました。

両方の立場を経験したからこそ見えたことがあります。

それは、

「以前と同じ方法で働けない」と
「価値を生み出せない」は同じではない、

ということです。

企業が問われているのは、

障害者を何人雇えるかだけではありません。

人の条件が変わったときに、

その人の経験・能力・可能性を
どこまで組織の力へ変え続けられるか。

私は、そこにこれからの人的資本経営の本質があると考えています。

そこで有料noteマガジン

【人的資本経営の現場論|元課長×当事者の組織設計】

では、ブログよりさらに踏み込み、

・障害者雇用の現場受け入れ設計
・配慮と期待を両立させるマネジメント
・仕事を再設計する具体的方法
・30日・60日・90日の受け入れ設計
・管理職が使える面談・チェック項目
・「上司ガチャ」にしない組織設計
・人材不足を「採用不足」だけで考えない経営視点
・障害者雇用を人的資本経営へ変える方法
・人材流出、人材活用、人材循環の考え方
・経営会議で使える診断・実践フレーム

まで体系化しています。

これは、

「障害者にどう優しく接するか」

を学ぶためのマガジンではありません。

目指しているのは、

人を壊さず、きちんと期待し、成果へつなげられる組織】

です。

障害者雇用を入口に、

人材不足、
人材定着、
管理職育成、
仕事の再設計、
人的資本経営まで考えたい。

そんな経営者・役員・管理職・人事責任者の方にこそ、
読んでいただきたい内容です。

最後に、一つだけ問いかけさせてください。

「人が足りない」と言っている御社は、

本当に人が足りないのでしょうか。

それとも、

人を活かす会社の能力が、
まだ足りないのでしょうか。

▼有料noteマガジン
「人的資本経営の現場論|元課長×当事者の組織設計」

読むだけで終わらず、
明日の経営・人事・マネジメントを変えるために。

コメントを残す

障害者雇用を「現場管理職」に丸投げしてはいけない

Spread the love

障害者雇用を現場管理職の善意や個人技に任せてはいけません。元課長として管理職を経験し、その後…

障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは足りない
――元課長・中途重度障害当事者が考える「人を活かす仕事の再設計」

Spread the love

障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは、本当の人材活用にはつながりません。健常者時代に課長を…

障害者雇用がうまくいかない会社は、なぜ多様な人材も活かせないのか――人手不足時代に問われる組織の適応力

Spread the love

障害者雇用がうまくいかない会社は、なぜ育児・介護・高齢者・復職者など多様な人材も活かしにくい…

Recent Articles

『不自由な自由』 〜当たり前が壊れた後の、新しい世界の歩き方〜をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む

Verified by MonsterInsights