「もし、この仕事を失ったらどうしよう」
障害を負ってから、この不安を完全に消すことは簡単ではありません。
私は30歳で脳出血を発症し、中途重度障害者になりました。
身体が変わった。
働き方が変わった。
できる仕事も変わった。
そして何より、
「働けなくなったら、生活そのものが崩れる」
という怖さを知りました。
健常だった頃の私は、働くことを人生の中心に置いていました。
会社がある。
給与が入る。
身体が動く。
明日も同じように働ける。
それを、どこかで当然だと思っていました。
しかし病気は、その「当然」を一瞬で壊しました。
だから今、私は思います。
これから障害のある人が日本社会を生き抜くために必要なのは、もっと頑張って一つの場所にしがみつくことではありません。
一つが失われても、人生全体が倒れない仕組みを持つことです。
私は、それを「複線型人生」と呼びたいと思います。
自立とは「一人で全部やること」ではない
日本では長い間、
「自分のことは自分でする」
「人に迷惑をかけない」
「会社でしっかり働いて生活する」
ことが、自立の一つの姿として語られてきました。
しかし、重度障害者になった私は、その考えだけでは生きられませんでした。
できないことがあります。
助けてもらわなければならないことがあります。
制度を利用することがあります。
家族に頼ることもあります。
職場から配慮を受けることもあります。
では、それは自立していないのでしょうか。
私は違うと思います。
本当の自立とは、「誰にも頼らないこと」ではない。
必要なものを理解し、
必要な人につながり、
必要な制度を使い、
自分の人生が続くように組み合わせられること。
それも立派な自立です。
むしろ、障害を抱えながら長く生きていくためには、その力の方が重要なのではないでしょうか。
一つの会社だけに人生を預ける怖さ
障害者雇用で働くことは、私にとって大切な人生再設計の一つでした。
しかし、どれほど良い会社でも、未来を保証してくれるわけではありません。
会社の業績が変わることがあります。
部署がなくなることがあります。
上司が変わることがあります。
仕事内容が変わることがあります。
自分自身の身体の状態が変わることもあります。
これは障害者だけの問題ではありません。
ただ、障害があれば、環境の変化から受ける影響が大きくなることがあります。
だからこそ、
「この会社さえあれば大丈夫」
という人生設計だけでは、私は不安なのです。
会社を信用しないという意味ではありません。
会社を大切にしながらも、
自分の人生を一社だけに預けない。
この発想が必要だと思っています。
障害者こそ「人生のポートフォリオ」を持つ
投資の世界では、一つだけに資産を集中させず、複数へ分けることでリスクを抑える考え方があります。
私は、人生も同じだと思っています。
例えば、
会社員としての仕事。
障害年金や各種制度。
貯蓄。
自分の専門性。
資格。
発信活動。
副業。
地域とのつながり。
家族。
友人。
支援者。
オンライン上のつながり。
趣味。
安心して過ごせる居場所。
これらはすべて、自分を支えてくれる「人生資産」です。
もちろん、すべてを持つ必要はありません。
大切なのは、
一つしかない状態を少しずつ減らしていくことです。
収入源が一つしかない。
相談相手が一人しかいない。
居場所が会社しかない。
自分の価値を感じられる場所が仕事しかない。
その一本が折れたとき、人生全体まで倒れてしまいます。
だから私は、自分の人生に何本もの線路を敷いておきたいと思うようになりました。
「副業をしろ」という話ではない
複線型人生というと、
「副業を増やそう」
「もっと稼ごう」
という話に聞こえるかもしれません。
しかし、私が伝えたいのは逆です。
障害者が無理をして仕事を増やせば、身体を壊してしまう可能性があります。
前の記事でも書いたように、障害後は「稼ぐこと」以上に、壊れずに続けられることが重要です。
複線化するのは、仕事だけではありません。
例えば、
会社とは別に相談できる人を持つ。
家以外に安心できる場所を持つ。
仕事とは関係のない友人を持つ。
少額でも自分で自由に使えるお金を持つ。
会社以外でも通用する知識を学ぶ。
自分の経験を文章に残す。
同じ経験をした人とつながる。
これもすべて複線化です。
一つ一つは小さくても構いません。
逃げ道を増やすことは、弱さではありません。
人生を守る設計です。
会社で評価されなくても「自分の価値」まで失わないために
障害者雇用では、仕事の範囲が限定されることがあります。
期待されない。
昇進できない。
仕事を任されない。
評価されない。
そんな状況になったとき、
会社での評価=自分の価値
になっていると、とても苦しくなります。
しかし、人の価値は会社の人事評価だけでは決まりません。
誰かの相談に乗れる。
文章を書ける。
経験を伝えられる。
家族を大切にできる。
地域で役割を持てる。
趣味を通じて人とつながれる。
病気を経験したからこそ伝えられることがある。
それらも、すべてその人の価値です。
私は中途重度障害者になったことで、多くのものを失いました。
しかし同時に、
会社という一つの物差しだけで自分を測らなくてもいい
と気づくようになりました。
これは、障害を負う前の私には見えていなかった世界です。
障害者が日本社会を生き抜くための「5本の生命線」
私が今、大切だと考えているのは次の5つです。
1.働く場所を持つ
無理なく続けられる仕事を確保する。
一般雇用でも、障害者雇用でも構いません。
大切なのは肩書きではなく、生活と身体を守りながら続けられることです。
2.会社以外でも通用する力を持つ
資格でも、文章でも、専門知識でも、経験でもいい。
「会社を離れた瞬間、何も残らない」
という状態を少しずつ変えていきます。
3.制度を知る
社会保障や福祉制度は、恥ではありません。
必要なときに利用するために存在しています。
使える制度を知ることは、生きる力です。
4.会社と家庭以外の居場所を持つ
地域、友人、オンラインコミュニティ、趣味、サードプレイス。
どこか一つでうまくいかなくても、
「ここには自分の居場所がある」
と思える場所を持つことは、心を守ります。
5.自分の経験を価値に変える
私は障害者になりたかったわけではありません。
脳出血も、麻痺も望んだものではありません。
しかし、その経験から学んだことまで無意味にする必要はありません。
経験を誰かに伝える。
同じ苦しみを持つ人へ届ける。
社会や企業へ提言する。
それによって、痛みだった経験が誰かの役に立つことがあります。
「支援される人」で終わらなくていい
障害者になると、社会から「支援される側」として見られることがあります。
もちろん、支援は必要です。
私自身、多くの人や仕組みに支えられて生きています。
しかし、
支援を受けることと、価値を生み出せないことは全く違います。
支えてもらいながら、誰かを支えることもできます。
配慮を受けながら、会社へ価値を返すこともできます。
制度を利用しながら、社会へ経験を還元することもできます。
人は「支える側」と「支えられる側」に完全に分かれるものではありません。
ある日は助けてもらう。
別の日には誰かを助ける。
それでいいのだと思います。
障害者の未来に必要なのは「強さ」より「しなやかさ」
障害を負った後、
「もっと強くならなければ」
と思ったことがあります。
しかし今は少し違います。
強い一本の木は、大きな力が加われば折れることがあります。
一方で、しなやかなものは曲がっても戻ることができます。
人生も同じです。
一つの仕事に固執しない。
一つの生き方に固執しない。
一つの肩書きに固執しない。
一つの収入に固執しない。
助けが必要なら頼る。
環境が合わなければ変える。
身体が変われば生き方も変える。
そしてまた、新しい線路を敷く。
変わることを許せる人の方が、実は強い。
私はそう思います。
日本社会に必要なのは「障害者を守る社会」だけではない
もちろん、障害者を守る制度は必要です。
合理的配慮も必要です。
障害者雇用も必要です。
しかし、それだけでは足りません。
これから必要なのは、
障害があっても、自分で人生の選択肢を増やしていける社会
ではないでしょうか。
会社員だけではなくていい。
フルタイムだけではなくていい。
一つのキャリアだけではなくていい。
仕事だけが居場所でなくてもいい。
支援を受けてもいい。
誰かを支えてもいい。
人生は一本のレールでなくてもいい。
それぞれの身体、それぞれの事情、それぞれの価値観に合わせて、生き方そのものを組み合わせていい。
私は、それがこれからの障害者の「自立」だと思っています。
私はもう、一つの物差しだけで人生を測らない
脳出血になる前の私は、
働けること。
稼げること。
一人でできること。
それらを、自分の価値と結びつけていた部分がありました。
しかし、それを失ったことで初めて分かったことがあります。
人間の価値は、それほど単純ではありません。
助けてもらいながら生きてもいい。
以前より収入が減ってもいい。
できないことが増えてもいい。
それでも、自分の経験を誰かへ返すことはできます。
誰かを大切にすることもできます。
自分らしい生活をつくることもできます。
そして、もう一度未来を描くこともできます。
まとめ|一本のレールが壊れても、人生まで終わらせない
障害を負うと、人生のレールが突然途切れることがあります。
私もそうでした。
しかし今なら思います。
レールが一本しかないから、途切れたときに絶望するのです。
仕事。
収入。
制度。
家族。
仲間。
地域。
学び。
発信。
自分の経験。
小さな居場所。
それらを少しずつつなぎ合わせていけばいい。
一本が止まっても、別の線から人生を動かせるようにする。
それが、私が中途重度障害者になってたどり着いた「複線型人生」です。
障害者が日本社会を生き抜くために必要なのは、
誰にも頼らない強さではありません。
何度でも生き方を組み替えられる自由です。
私はもう、
「障害があるから、選択肢が減った」
だけでは人生を終わらせたくありません。
障害があるからこそ、
一つの正解に縛られず、
自分の身体に合った生き方を設計する。
それが、新しい時代の自立ではないでしょうか。
もし明日、今ある一本のレールが途切れたとしても――
あなたの人生を支えてくれる、もう一本の線はありますか?
前記事の「お金と働き方を立て直す」→今回の「人生そのものを複線化する」とつながるため、「障害があっても人生の主導権を取り戻すためのブログです。
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