「元に戻る」ことを諦めたとき、人生はもう一度動き出す

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中途重度障害者の当事者視点から考える、新しい自分で生き直す力
もう前の自分には戻れない。そう気づいた日から、本当の人生再設計が始まった
人生には、努力しても、気合いを入れても、前向きな言葉を並べても、どうしても元に戻らないものがあります。
失った健康。
壊れた自信。
変わってしまった身体。
続けられなくなった働き方。
思い描いていた未来。
何も疑わずに信じていた「普通の人生」。
私は、脳出血によって中途で重度障害者になりました。
発症前の私は、働けることも、歩けることも、身体が思いどおりに動くことも、当たり前だと思っていました。
明日も同じように働き、同じように生活し、同じように未来が続いていくと思っていました。
でも、ある日を境に、その当たり前は崩れました。
左上肢は思うように使えなくなり、歩くことにも困難が残り、生活も働き方も、人との関わり方も、すべてを考え直さなければならなくなりました。
最初は、どこかで願っていました。
いつか元に戻れるのではないか。
前のように働けるのではないか。
前のように動けるのではないか。
前の自分を取り戻せるのではないか。
けれど、現実は簡単ではありませんでした。
どれだけ願っても、戻らないものがある。
どれだけ努力しても、完全には取り戻せないものがある。
どれだけ明るく振る舞っても、自分の中で折れている部分がある。
それを認めるのは、とても苦しいことでした。
でも、今なら思います。
人生は、元に戻らなくても終わりではありません。
むしろ、元に戻ることだけを目標にしていた間、私は今の自分の人生を生きられていなかったのかもしれません。
大切なのは、前の自分に戻ることではありませんでした。
今の自分で、もう一度人生をつくり直すこと。
それが、本当の人生再設計だったのだと思います。
この記事では、中途重度障害者として生きてきた当事者の視点から、元に戻れない人生をどう受け止め、どう新しい自分で生き直していくのかを考えていきます。
「前の自分に戻りたい」は、自然な願いである
障害を負った直後、人は簡単に現実を受け入れられません。
前はできていたことができない。
歩くことに時間がかかる。
着替えにも工夫がいる。
外出に準備がいる。
働くペースが変わる。
人の助けを借りる場面が増える。
一つひとつは小さなことに見えても、積み重なると、自分が自分ではなくなっていくような感覚になります。
だから、「前の自分に戻りたい」と思うのは自然なことです。
もっと動けていた自分。
もっと働けていた自分。
もっと稼げていた自分。
もっと自由だった自分。
誰かに頼らなくてもよかった自分。
その自分を懐かしく思うことは、弱さではありません。
失ったものが大きいからこそ、戻りたいと思うのです。
私もそうでした。
障害を受け入れようとしても、心のどこかでは、前の自分と今の自分を比べていました。
あの頃ならできたのに。
あの頃なら迷惑をかけなかったのに。
あの頃ならもっと堂々としていられたのに。
そう思うたびに、今の自分を責めてしまう。
けれど、前の自分を懐かしむことと、今の自分を否定し続けることは違います。
戻りたい気持ちはあっていい。
でも、戻れない自分を責め続けなくていい。
そこに気づくまで、私は長い時間がかかりました。
元に戻ることだけを目指すと、今の自分が置き去りになる
回復を目指すことは大切です。
リハビリも大切です。
努力も大切です。
できることを増やすことも大切です。
少しでも生活しやすくすることは、希望につながります。
ただし、「元に戻ること」だけが目標になると、別の苦しさが生まれます。
戻れない部分を見るたびに、自分を責めてしまうからです。
まだできない。
まだ足りない。
まだ普通ではない。
まだ前の自分には届かない。
そうやって、自分の人生を常に「失ったもの」から見てしまう。
でも、今の自分にも人生はあります。
前より遅くても、生きている。
前より不自由でも、考えられる。
前より助けが必要でも、誰かに何かを届けられる。
前とは違う働き方でも、社会とつながることができる。
元に戻ることだけを見ていると、今の自分が持っている力に気づけなくなります。
私は、中途障害になってから、自分の人生を何度も見直しました。
働き方。
住む場所。
人間関係。
価値観。
お金の使い方。
時間の使い方。
無理をしないための境界線。
そのすべては、前の自分に戻るためではありませんでした。
今の自分で、壊れずに生きるためでした。
失ったものだけで人生を測らない
中途障害になると、どうしても「失ったもの」に目が向きます。
身体の自由。
仕事の選択肢。
収入。
自信。
人間関係。
将来への見通し。
社会の中での居場所。
失ったものは、確かにあります。
それを無理に「失っていない」と言う必要はありません。
きれいごとで埋める必要もありません。
つらかったことを、なかったことにしなくていい。
でも、人生を失ったものだけで測ってしまうと、残っているものまで見えなくなります。
自分の中に残った経験。
痛みを知ったからこそ持てる想像力。
無理をしない大切さ。
誰かに頼る勇気。
小さな日常への感謝。
同じように苦しむ人の言葉を受け止める力。
障害によって失ったものはあります。
でも、障害を経験したからこそ見えたものもあります。
私は、障害者になったことを簡単に「よかった」とは言えません。
つらかった。
悔しかった。
情けなかった。
何度も自分を責めました。
けれど、その経験を通して見えたものが、今の自分の言葉になっています。
人生は、失ったものだけで決まらない。
何を失ったかではなく、
残されたものをどう使い、何をもう一度つくるか
で、人生は少しずつ動き出すのだと思います。
新しい自分を受け入れることは、諦めではない
「今の自分を受け入れる」と言うと、諦めのように聞こえるかもしれません。
もう回復を目指さない。
もう成長しない。
もう挑戦しない。
もう仕方ないと割り切る。
でも、本当の受容は、そんな冷たいものではありません。
今の自分を受け入れるとは、可能性を捨てることではありません。
むしろ、今の自分の状態を正直に見て、そこからもう一度始めることです。
できないことを認める。
でも、できることまで捨てない。
限界を知る。
でも、人生そのものを諦めない。
助けが必要だと認める。
でも、自分の価値を失ったと思わない。
受け入れるとは、自分を低く見ることではありません。
現実を見つめたうえで、自分を壊さない生き方を選ぶことです。
私は、前の自分に戻れないことを少しずつ認めていく中で、ようやく今の自分の人生を考えられるようになりました。
前のようには働けない。
でも、今の自分だから伝えられることがある。
前のようには動けない。
でも、今の身体で生きる工夫はできる。
前のような人生設計ではない。
でも、新しい人生設計はできる。
それは敗北ではありません。
生き直すための出発点でした。
「普通に戻る」より、「自分に合う普通」をつくる
私たちは、知らないうちに「普通」に縛られています。
普通に働く。
普通に稼ぐ。
普通に動く。
普通に家庭を持つ。
普通に社会の中で役割を果たす。
でも、病気や障害を経験すると、その普通が自分に合わなくなることがあります。
以前の普通に戻ろうとすると、身体も心も無理をします。
周囲と同じ速度で働けない。
同じ時間働くと疲れきってしまう。
予定どおりに動けない日がある。
何気ない移動にも負担がある。
人に説明しないと分かってもらえないことがある。
そのたびに、自分は普通ではないと感じる。
けれど、そもそも普通とは何でしょうか。
誰かが決めた平均に、自分を無理やり合わせることなのでしょうか。
私は、障害を経験してから、普通を作り直す必要があると思うようになりました。
自分に合う働き方。
自分に合う生活のリズム。
自分に合う人間関係。
自分に合う責任の持ち方。
自分に合う休み方。
自分に合う社会とのつながり方。
普通に戻るのではなく、
自分に合う普通をつくる。
それが、人生再設計なのだと思います。
弱さを知った人は、人に優しくなれる
障害を経験すると、弱さを避けて通れなくなります。
一人ではできないことがある。
思うように動けない日がある。
助けを求めなければならない場面がある。
自分の限界を認めなければならない瞬間がある。
それは、とても苦しいことです。
でも、弱さを知ることは、人としての価値を下げることではありません。
弱さを知った人は、他人の弱さにも気づけるようになります。
無理をして笑っている人。
頑張っているのに報われない人。
助けてほしいのに言えない人。
自分の変化を受け入れられずに苦しんでいる人。
社会の普通に合わせようとして壊れかけている人。
そういう人の痛みに、少しだけ近づけるようになる。
私は、障害者になったことで、自分の弱さを嫌というほど知りました。
でも、その弱さがあったからこそ、今こうして誰かに向けて言葉を書いているのだと思います。
弱さは、隠すだけのものではありません。
誰かとつながるための入口になることがあります。
人生を生き直す力は、特別な人だけのものではない
「生き直す」という言葉は、大げさに聞こえるかもしれません。
でも、人は誰でも、人生の途中で何度も生き直しています。
病気になったとき。
仕事を失ったとき。
大切な人と別れたとき。
親の介護が始まったとき。
子育てが終わったとき。
夢が叶わなかったとき。
今の生き方に違和感を覚えたとき。
そのたびに、人は少しずつ自分を作り直しています。
だから、生き直す力は、障害者だけのものではありません。
すべての人に必要な力です。
ただ、障害はその問いを強く突きつけてきます。
このままの人生でいいのか。
前の自分にしがみついたままでいいのか。
無理をして壊れ続けていいのか。
誰かの普通に合わせるだけでいいのか。
今の自分で、どう生きていくのか。
私は、その問いから逃げられませんでした。
でも、その問いに向き合ったからこそ、今の自分の言葉があります。
中途重度障害者だからこそ伝えたいこと
私は、障害者になってから、自分の人生を何度も失ったように感じました。
身体の自由を失った。
働き方を失った。
自信を失った。
これまでの自分像を失った。
未来への確信を失った。
でも、それでも人生は続きました。
続いてしまった、という表現のほうが近い時期もありました。
それでも、今日まで生きてきました。
そして今、思います。
人生は、元に戻らなくても続けていい。
前の自分に戻れなくても、価値はなくならない。
できないことが増えても、人として終わるわけではない。
誰かに頼る人生でも、恥ではない。
新しい自分で、もう一度始めていい。
これは、障害者だけに向けた言葉ではありません。
今、人生に行き詰まっている人。
昔の自分と比べて苦しんでいる人。
思い描いた未来から外れてしまった人。
もう自分には価値がないと思っている人。
今の働き方や生き方に限界を感じている人。
そのすべての人に伝えたいことです。
あなたは、元に戻らなくてもいい。
戻れないことを責め続けなくていい。
今の自分で、もう一度人生を編み直していい。
まとめ:人生は、元に戻すものではなく、何度でも編み直すもの
人生には、元に戻れない出来事があります。
その現実は、とても重いものです。
簡単に受け入れられるものではありません。
前向きな言葉だけで乗り越えられるものでもありません。
失ったものが消えるわけでもありません。
けれど、元に戻れないことは、人生が終わったことと同じではありません。
前の自分に戻れなくても、今の自分で生きる道はあります。
普通に戻れなくても、自分に合う普通をつくることはできます。
失ったものがあっても、残されたものから何かを育てることはできます。
弱さを抱えたままでも、誰かの力になることはできます。
人生は、元に戻すものではないのかもしれません。
何度でも、編み直すものなのだと思います。
糸が切れても。
形が崩れても。
思っていた模様と違っても。
前より不格好に見えても。
それでも、自分の手で、もう一度編み直していく。
中途重度障害者として生きてきた私は、そのことを自分の人生から学びました。
だから、今、伝えたいのです。
元に戻れなくても、大丈夫です。
あなたの人生は、まだ終わっていません。
今のあなたで、もう一度始めていいのです。
心に残った方へ
もし、この記事のどこかに、少しでも胸が熱くなる言葉があったなら。
それはきっと、あなたの中にも、まだ終わっていない人生があるからだと思います。
前の自分に戻れない。
昔のようには働けない。
思い描いていた未来と違う。
誰かの普通に追いつけない。
自分だけが立ち止まっている気がする。
そんな思いを抱えている人は、決して少なくありません。
でも、人生は「元に戻せた人」だけが前に進めるものではありません。
戻れないものがあっても、残っているものがあります。
失ったものがあっても、育て直せるものがあります。
変わってしまった自分にも、まだ誰かに届けられる言葉があります。
弱さを抱えたままでも、誰かの力になれる日があります。
このブログでは、中途で重度障害者となった当事者の視点から、障害者雇用、人生再設計、自分を大切にする生き方、そして人が壊れずに生きるための社会について発信しています。
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「元に戻れなくてもいい」
「今の自分で生き直していい」
「人生はまだ編み直せる」
と思えるきっかけになるかもしれません。
前の自分に戻れなくても、人生は終わらない。
壊れたあとにも、見える景色があります。
失ったあとにも、残る力があります。
立ち止まったあとにも、選び直せる道があります。
今の自分で、もう一度始める人が増えるように。
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