――超高齢・人口減少社会で、里親資格を持つ中途重度障害者ブロガーが考えること
—
はじめに|「いい制度だな」で終わらせたくないから
「養父市が子育て家庭ショートステイ事業を始めました。」
このニュースを見たとき、私は素直に「よかった」と思いました。
同時に、どうしても頭から離れない問いがありました。
> 人口がここまで減り、高齢化がここまで進んでしまった養父市で、
このショートステイ事業は、いったいどこまで“効く”のだろうか。
私は、中途で重い身体障害を負い、
いまは但馬の片隅で中途重度障害者ブロガーとして生きています。
同時に、里親の資格を取得した一人の市民でもあります。
妻は20年以上、地方公立病院の看護師として
地域の命を支えてきました。
人口減少
高齢化
地方公立病院の現場の疲弊
子育て世代の孤立
こうした現実を、数字としても、生活実感としても
イヤというほど見てきた立場からすると、
> 「これは“良い話”で終わらせてはいけないな」
という感覚が、静かに湧き上がってきました。
この記事では、
養父市の人口構成という「冷たい数字」
子育て家庭ショートステイという「温かい制度」
そして里親資格を持つ一人の住民としての「個人的な覚悟」
を重ね合わせながら、
> 「この制度はどこまで効果があるのか」
「その限界を理解したうえで、どう生かすのか」
「市民として、里親として、どう向き合っていくのか」
を、1本の長いブログとして丁寧に言語化していきます。
—
目次
1. 養父市の人口構成という現実から目をそらさない
2. 子育て家庭ショートステイ事業とは何か
3. 養父市の人口構造から見える「ショートステイのニーズ」
4. 少子化対策として見たときの効果と限界
5. このままだと「絵に描いた餅」で終わるリスク
6. 養父市だからこそできる「ショートステイのアップデート」
7. 市民としてできる3つのアクション
8. 里親資格を持つ中途重度障害者として、どう向き合うのか
9. まとめ|人数が少ないまちだからこそ、「一人」を守る意味が大きい
—
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1|養父市の人口構成という現実から目をそらさない
1-1 養父市はすでに「超高齢社会の先頭」を歩いている
「日本は少子高齢化だ」と言われて久しいですが、
養父市はその中でも、かなり“先頭を走っている地域”です。
高齢化率は40%超
2.5人に1人以上が65歳以上
人口はここ数十年でほぼ半分近くになった地域もある
統計表を見れば見るほど、
> 「“日本の10〜15年後”を先回りして経験しているまち」
という表現が、誇張ではなくなってきます。
1-2 「子ども」と「子育て世代」は“貴重な少数派”
一方で、0〜14歳の子どもの割合は、おおよそ人口の1割前後。
学年あたりの子どもは100人いるかいないか
年間の出生数も、30〜40人台という年が珍しくない
というスケール感です。
さらに厳しいのが、
> 出産・子育ての中心となる20〜39歳くらいの女性人口が
全国平均よりもかなり少ない
という点です。
つまり養父市は、
子ども自体が少ない
その親世代も少ない
という「二重の薄さ」を抱えた地域です。
この現実はたしかに厳しい。
けれど、だからこそ、
> 「一人の子ども」「一組の子育て家庭」を守る意味が
ものすごく大きいまち
だとも言えます。
1-3 60年かけて半分近くまで減った人口という“長い物語”
高度経済成長期のころ、
今の養父市域の人口は約4万人規模だったと言われています。
そこから60年ほどかけて、
人口はゆっくりと、しかし確実に減り続け、
今は2万人少しのまちになりました。
これは、船が「ドーン」と一気に沈むのではなく、
**「長い時間をかけて、少しずつ水面下に沈んでいく船」**のような状態です。
この船の上で、
私たちはいま、こう問われています。
> 「この船が完全に沈みきる前に、
子どもたちと子育て世代をどう守るのか?」
子育て家庭ショートステイ事業は、
その問いに対する、ひとつの答え方です。
—
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2|子育て家庭ショートステイ事業とは何か
2-1 子育て家庭ショートステイ事業の基本イメージ
「子育て家庭ショートステイ事業」は、
国の「子育て短期支援事業」をベースに
市町村が実施する仕組みです。
ざっくり言うと、こんな制度です。
> 親の病気や出産、仕事、育児疲れなどで
一時的に家庭で子どもを育てることが難しくなったとき、
児童養護施設などで子どもを数日間預かってもらえる制度。
典型的な利用理由は、以下のようなものです。
親が病気・入院した
出産の前後で上の子の世話が難しい
冠婚葬祭・出張などで子どもの預け先がない
育児疲れ、うつ状態などで一時的に休みたい
DVなどから一時的に避難したい
「親がどうしようもなくしんどいときに、
子どもを安全に預けられる“公的な避難所”」――
そうイメージするとわかりやすいと思います。
2-2 「預けてもいいんだよ」と社会が公式に言ってくれる
日本には、根強い価値観があります。
「親なんだから、どんな状況でも自分で見るべきだ」
「預けるなんて甘えじゃないか」
「しんどいのはみんな一緒。我慢が足りないのでは」
とくに地方では、この空気の濃度が高いと感じます。
だからこそ、自治体が正面から
> 「限界を迎える前に、預けていいんですよ」
「“しんどい”と言ってもいいんですよ」
と制度として用意する意味は、非常に大きい。
ショートステイは、単なる「一時預かりサービス」ではなく、
> 親が倒れる前に、社会全体で子どもを支える仕組み
だと私は捉えています。
—
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3|養父市の人口構造から見える「ショートステイのニーズ」
3-1 「母数は少ないが、困るときの深刻さはむしろ大きい」
都市部と比べると、養父市にはまだ
三世代同居
近居の祖父母
といった家族形態が残っています。
一見すると、
「困ったらジジババがいるから大丈夫そう」に見えますが、
実際はそんなに単純ではありません。
高齢化率40%超ということは、
「祖父母」もすでにかなりの高齢である場合が多い、ということです。
自身の病気や通院で手一杯
体力的に、乳幼児の世話は数時間が限界
車の運転も不安になってきている
こうした事情を抱える祖父母世代に、
「いざとなったら全部任せる」というのは、
正直かなり酷な話です。
そこに、
共働き
シングルペアレント
医療・介護・サービス業など夜勤ありの仕事
が重なると、
> 「いざというとき子どもを託せる人が、本当に誰もいない」
という状況が簡単に生まれます。
子育て家庭の絶対数は少ないかもしれない。
しかし、「困ったときの詰みやすさ」は、
都市部よりもむしろ深刻なのではないか――
そんな感覚さえあります。
3-2 ヤングケアラーや障害児家庭にとっての「命綱」
養父市のような中山間地域では、
高齢者世帯
障害のある家族を抱えた世帯
が、身近な所にたくさんあります。
そして、
親自身が病気・障害を抱えながら子育てしている
上の子が「ヤングケアラー」として、家族のケアを担っている
といった家庭も珍しくありません。
そうした家庭にとって、
> 「数日でもいいから、子どもを安全な場所に預けられる」
という制度は、
本当に命綱に近い意味を持ちます。
虐待やネグレクトが起こる手前で、
進路を変えるためのハンドル
家族崩壊のギリギリ手前で、
ブレーキを踏むためのペダル
として機能しうるのが、ショートステイです。
—
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4|少子化対策として見たときの効果と限界
4-1 正直に言えば、「出生数を増やす特効薬」にはなりにくい
ここで一度、冷静に線を引いておきたいポイントがあります。
それは、
> 子育て家庭ショートステイ事業そのものが
養父市の出生数を大きく押し上げる「決定打」になるかというと、
その可能性は高くない
ということです。
なぜなら、
人が「子どもを持つかどうか」「もう一人産むかどうか」を考えるとき、
もっと大きな要因が絡んでくるからです。
雇用・収入の安定
住居環境
教育費や将来の不安
自分のキャリアの見通し
パートナーとの関係性
こうした構造的・経済的な条件が、
出産や転入の意思決定に与える影響は絶大です。
ショートステイは、それらの「根っこ」を直接動かす政策ではありません。
4-2 それでも「心理的な安心」を底上げする意味は大きい
では意味が小さいかと言うと、
私はむしろ逆だと思っています。
人が「子どもを持つ」「もう一人産む」とき、
頭の中にはざっくりとこんな計算式が動いているように感じます。
> 経済的負担の重さ
-
何かあったときに支えてもらえる“安心感”
経済的な負担を大きく軽くするのは、
国レベルの制度(児童手当、税制、教育費無償化など)が中心です。
一方で、
「安心感の側」をじわじわ増やすのは、自治体や地域社会の役割です。
「倒れたら終わり」から、「倒れても何とかなるかもしれない」へ
「全部自分で背負う」から、「どこかでバトンを渡せるかもしれない」へ
そう感じられるだけで、
子どもを持つことへの心理的ハードルは
確実に下がります。
ショートステイは、この
「安心の土台」を底上げする装置として、
非常に大きな価値を持っています。
4-3 「今いる子育て世代を守ること」自体が人口対策
養父市のように若い世代が少ないまちでは、
何よりも先に、
> 「今ここにいる子育て世代を、これ以上減らさない」
ことが重要です。
心身ともに限界を迎えて都市部へ転出してしまう
家庭不和や子どもの不登校から、家族そのものが崩れてしまう
こうした「マイナスの人口変動」を
少しでも抑えること。
それ自体が、
立派な人口対策です。
ショートステイは、
そのための**「すり減りを防ぐクッション」**として
機能しうる制度だと言えます。
—
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5|このままだと「絵に描いた餅」で終わるリスク
もちろん、制度を作っただけで
すべてがうまく回るわけではありません。
養父市という土地柄を考えると、
子育て家庭ショートステイ事業には
いくつかの「絵に描いた餅リスク」が潜んでいます。
5-1 「制度の存在が届かない」まま時間だけが過ぎる
もっとも単純で、なおかつ致命的なのは、
> 「そんな制度があるなんて知らなかった」
という家庭が多数派のまま、
年月だけが過ぎてしまうパターンです。
出産したときにもらう資料の片隅に小さく書いてあるだけ
市の広報誌の後ろの方に、事業名だけ載っているだけ
保育所や学校でも、職員が知ってはいるものの
積極的には案内されない
これでは、
> 「限界のときに真っ先に思い出す制度」
には、絶対になれません。
5-2 「預けることへの罪悪感」という見えない壁
もうひとつの大きな壁は、
親自身の中にある感情です。
夫や義両親に「甘えている」と思われたくない
近所の目が気になる
自分で自分を「親失格なんじゃないか」と責めてしまう
こうした「罪悪感」という名の壁は、
制度をいくら整備しても自然には崩れません。
利用件数が伸びないまま、
> 「ニーズがないようなので縮小します」
と判断されてしまえば、
せっかくの仕組みが**「存在しなかったこと」**にされてしまいます。
5-3 受け皿側のキャパシティ不足という現実
ショートステイは、
多くの自治体で「児童養護施設等」への委託で行われます。
ところが地方では、
児童養護施設自体の統廃合
職員の確保の難しさ
夜間・休日の受け入れ体制の制約
といった問題を抱えている地域も少なくありません。
「制度はあるけれど、実際にはほとんど枠がない」
という状態になってしまうと、
> 「使いたいのに使えない」
という、二重のストレスを生みます。
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6|養父市だからこそできる「ショートステイのアップデート」
では、
養父市のような中山間地域・超高齢社会だからこそできる
**「ショートステイの活かし方」**は何でしょうか。
いくつか、現実的かつ少し欲張りな提案を書いておきます。
6-1 「公的な祖父母」というコンセプトで伝え直す
まず大事なのは、
ショートステイを
> 「親がギブアップしたときの最後の砦」
としてだけ扱うのではなく、
> 「近くに祖父母がいない家庭のための、
安心して頼れる“公的なジジババポジション”」
として、ポジティブに伝え直すことです。
具体的には、
広報紙やWebサイトで、「親の代わり」ではなく
「親と一緒に子を支えるパートナー」として紹介する
実際に利用した人の声(匿名)のストーリーを掲載し、
利用シーンを具体的にイメージしてもらう
子育て世代だけでなく、祖父母世代向けにも説明会を開き、
「無理なときはこういう制度も一緒に考えましょう」と共有する
などが考えられます。
「頼ることは恥ではない」
という価値観を、
少しずつ地域に根付かせていくことが大事です。
6-2 病児保育・一時預かり・放課後児童クラブとの「ワンストップ化」
養父市には、ショートステイ以外にも
病児・病後児保育
一時預かり
放課後児童クラブ(学童保育)
障害児支援や医療的ケア児への支援
など、さまざまな子育て支援制度があります。
しかし、親目線で見ると、
> 「制度がバラバラで、どれが自分に合うのか分からない」
というのが正直なところです。
そこで、例えばこんな仕組みがあると良いと思います。
妊娠・出産時に、「養父市 子育てサポートまるごとガイド」を1冊配布する
LINEや電話で相談すれば、
職員が**「あなたの場合は、この3つの制度をこう組み合わせると良さそうです」**と
具体的にプランを提案してくれる
そのプランの一部として、自然な流れでショートステイが提示される
こうしたワンストップの導線設計によって、
ショートステイは「孤立した制度」ではなく
「子育て支援メニューの一つ」として認知されていきます。
6-3 「農山村×子育て」の強みをショートステイに乗せる
養父市には、
山、雪、川、棚田、高原、スキー場、星空――
都市部にはない自然の豊かさがあります。
この環境を活かして、
子どもにとっては「ちょっと楽しいお泊まり体験」としてのショートステイ
里親家庭や地域のボランティアと連携した「自然体験型ショートステイ」
都市部からの里帰り出産家庭が使いやすい仕組み
などを整えていけば、
> 「預ける=かわいそう」ではなく、
「預ける=子どもにとっても豊かな経験になる」
という物語をつくることができます。
これは、農山村ならではの特権です。
6-4 KPIは「利用件数」だけでなく、「もう一度使いたいか」
行政の世界ではどうしても、
利用件数
利用日数
といった数字にしやすい指標が重視されがちです。
しかし、ショートステイのような事業においては、
「使ってよかったと感じたか」
「困ったときに、また使いたいと思えるか」
「この制度があることで、子育ての不安が減ったと感じるか」
といった主観的な安心感が何より重要です。
利用家庭へのアンケートやインタビューを通して、
手続きのわかりやすさ
職員の対応
子どもの様子
利用料の負担感
などを丁寧に拾い上げ、
毎年少しずつ制度をアップデートしていく。
その積み重ねこそが、
「養父市は本気で子育て世代を支えようとしているまちだ」
という信頼につながります。
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7|市民としてできる3つのアクション
「制度をつくる」のは行政の仕事ですが、
「制度を生きたものにする」かどうかは、
市民一人ひとりの関わり方にかかっています。
中途重度障害者であり、
里親資格を持つ一人の住民として、
私が市民目線でできること・していきたいことを
3つに絞って書いておきます。
7-1 まずは「知る」こと、そして「渡す」こと
自分が親であれば、「いざというときの選択肢」として知っておく
子育て中の友人・知人に、さりげなく情報をシェアする
自分の親世代(祖父母世代)にも、
「無理なときはこういう制度もあるらしいよ」と伝える
まずは、
「制度の存在を知っている人の人数」を増やすことが大事です。
7-2 「限界を超える前に頼る」と決めておく
明らかに体調がおかしいとき
心が折れそうなとき
きょうだい児のケアなどが重なり「もう無理」と感じるとき
そんなときに、
> 「まだ頑張れる」「もう少し我慢しよう」
と、自分にムチを打つのではなく、
> 「ここから先は、ショートステイの仕事」
と、あらかじめラインを引いておく。
それは決して「弱さ」ではなく、
自分と子どもの命と生活を守るための賢さだと、
私は自分の経験から強く思います。
中途で身体を壊したあとにわかったのは、
> 「人は、限界を越えてから倒れると、
取り返しのつかないダメージを負うことがある」
という残酷な現実でした。
だからこそ、
限界を迎える前に頼るという感覚を
子育ての世界にも持ち込みたいのです。
7-3 利用した人の声を、行政にフィードバックする
もし実際にショートステイを使ったなら、
ここがよかった
ここは分かりにくかった
こうなればもっと利用しやすい
といった率直な声を、
行政に届けてほしいと思います。
それが、
制度を「養父市仕様」に進化させるための燃料になります。
—
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8|里親資格を持つ中途重度障害者として、どう向き合うのか
ここからは、少し主観的な話をさせてください。
私は、中途で重い身体障害を負ったあと、
里親の資格を取得しました。
いま、家に子どもを迎えているわけではありません。
それでも、
> 「いつかどこかで、行き場を失いかけた子がいたとき
“うちにおいで”と言える準備だけはしておきたい」
そう思い、時間をかけて研修を受け、審査を経て、
里親としての一歩を踏み出しました。
8-1 なぜ里親資格を取ろうと思ったのか
理由は、とてもシンプルです。
> 子どもは「生まれる場所」も「育つ家庭」も選べない。
ならば、選べる側にいる大人が、
少しでも“予備の居場所”を用意しておきたい。
ショートステイも、里親制度も、
どちらも「子どもの居場所」を増やす施策です。
ショートステイは短期間の避難所
里親家庭は中長期の「もう一つの家」
どちらも共通しているのは、
> 「親だけでは支えきれないタイミングで
子どもを丸ごと受け止める手を増やす」
ということです。
8-2 「制度」と「人」をつなぐ存在でありたい
どれだけ制度が整っていても、
最後は「人」と「家」がなければ動きません。
ショートステイで子どもを一時的に預かる施設
里親として日常の暮らしを共にする家庭
それぞれが、
制度という“線”に血を通わせる「点」です。
里親資格を取るというのは、
言い換えれば、
> 「必要なときに、一人の子どもの具体的な居場所になる覚悟をした」
ということでもあります。
障害のある自分に、どこまでできるのか。
不安がゼロなわけではありません。
それでも、できる準備だけはしておきたい。
そう思っています。
8-3 「書くこと」と「迎え入れること」の両輪で子どもを守る
私はいま、
「人の心をそっと灯し続ける文章」を書くことを
余生のライフワークにしています。
ブログで、制度の存在や背景をわかりやすく伝える
子育て世代や子どもたちの置かれている状況を「言葉」にする
社会の構造的な課題を、生活者の視点から言語化する
それは、「書く」という形での支援です。
一方で、里親資格を持つということは、
もし誰か一人の子どもが行き場を失いかけたとき
「では、うちに来ますか」と言える可能性を確保しておく
という、**「生活そのものを差し出す支援」**でもあります。
私は、
この二つを両輪として生きていきたいと感じています。
> 言葉で支え、
必要なときには、生活そのものでも支える。
子育て家庭ショートステイ事業が動き始めた養父市という場所で、
中途重度障害者であり、里親資格を持つ一人の住民として、
この二つの役割を、できる範囲で担っていきたいのです。
8-4 「一人の子どもの笑顔」が、まち全体の未来を変える
里親研修の中で、何度も繰り返し言われた言葉があります。
> 「目の前の子どもは、“統計の一人分”ではありません。」
その子の人生は、一つしかありません。
その一つをどう支えられるか。
ショートステイも、里親制度も、そして私自身の「書く」という営みも、
突き詰めればすべて、
> 「今、この瞬間に困っている、たった一人の子どもと、その家族のために」
存在しているのだと思います。
一人の子どもが、
少しだけ安心して眠れる夜が増えること。
その親が、
「もう少し頑張ってみよう」と思える朝を迎えられること。
その小さな積み重ねが、
やがては養父市というまち全体の「空気」と「未来」を
確実に変えていきます。
—
<a id=”section9″></a>
9|まとめ|人数が少ないまちだからこそ、「一人」を守る意味が大きい
養父市の人口は減り続け、
高齢化率は4割を超えています。
統計表だけを眺めれば、
このまちの未来は、暗く見えるかもしれません。
でも、人数が少ないまちだからこそ、
一つの制度を、本気で活かそうとする人がいること
一つの家庭を、全力で支えようとする人がいること
一人の子どもを、全身全霊で受け止めようとする人がいること
その意味は、都市部よりずっと大きいと私は思います。
子育て家庭ショートステイ事業が、
養父市の人口減少を劇的に逆転させることはないでしょう。
それでも。
一人の親が倒れずに済む
一人の子どもが、追い詰められた環境から離れられる
一つの家族が、「もう無理だ」から「もう一度やってみよう」に戻れる
その一つひとつの救いは、
このまちが「まだ捨てたものじゃない」と思える根拠になります。
中途重度障害者として。
そして、里親資格を持つ一人の住民として。
これからも私は、
ショートステイのような制度を、「知っている人」を一人でも増やすこと
しんどいときに、「頼っていい」と伝え続けること
必要なときには、「うちにおいで」と言える準備を整えておくこと
を、自分なりのペースで続けていきたいと思います。
そしてこの文章が、
同じように子どもや子育て世代のことを考えている誰かの背中を、
ほんの少しでもそっと押すきっかけになれたなら――
それがきっと、
養父市という小さなまちにとっての、静かだけれど大きな一歩になると
私は信じています。
障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは足りない
――元課長・中途重度障害当事者が考える「人を活かす仕事の再設計」
障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは、本当の人材活用にはつながりません。健常者時代に課長を…



















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