こんにちは。この記事をご覧いただきありがとうございます。日々の生活の中で、ふと「自分が生きている」と感じる瞬間、皆さんはどんな時にありますか?もしかすると、それはふとした瞬間、何気ない出来事の中にあるかもしれません。
私は、右脳出血を経験し、現在も左半身の麻痺や痺れと共に生活しています。そのため、毎日の行動一つひとつに工夫が必要で、以前のような自由な動きは叶いません。しかし、不便さや制約を感じるたびに、「自分は今、生きている」と強く実感できるようになったのです。
健常者だった頃の私にとっての「日常」
健常者だった頃、朝起きて顔を洗い、服を着替えて出かける…そんな一日の流れは、何も考えずに行えるほど「当たり前」でした。誰かの助けもなく、体も自分の思うままに動いてくれる。それが当然のように感じていました。その当時の私には、日々の生活の一つひとつがどれほどの「幸せ」であり、「自由」であったかに気づくことすらできなかったのです。
不便と向き合う今の日常
現在の私は、日々の行動がかつてのようにはいきません。ちょっとした階段の上り下り、物を持つ動作、食事の準備…全ての動作に気を遣い、一歩一歩、慎重に行動せざるを得ません。左側の麻痺や痺れが常に付きまとい、手足が思うように動かないため、行動の一つひとつが挑戦です。
不便な生活の中で、正直に言えば「何で自分がこんな目に」と感じることもあります。でも、そんな日々の中で得た一つの気づきがあります。それは、不便さを感じるたびに「自分が今、生きている」という実感が湧いてくる、ということです。
不便さを通じて見つけた「生きる喜び」
たとえば、道端でふと手を振ることができた瞬間や、階段をゆっくりと降りることができた瞬間。それは、以前なら何も考えずに行えたことであり、今では挑戦の積み重ねによって得られた「成功」なのです。その達成感は、健常だった頃には味わえなかったものであり、その瞬間に「自分は生きているんだ」と心の底から実感できます。
毎日の小さな挑戦を積み重ね、その小さな成功を喜び、不便さの中で「今」という瞬間を大切に生きること。そこに、かけがえのない生の実感が詰まっているのだと感じるのです。
「不便さ」が教えてくれる本当の強さ
この生活を通じて私は、「強さ」とは単に苦しみに耐え抜くことではなく、現実と向き合い、その中でどう楽しみを見つけられるかだと学びました。不便さを受け入れることで、私たちは自分の可能性や強さに気づくことができます。これは、たとえ身体に制約があっても、「今を生きる」喜びを感じることができる、という生きる力の証明なのです。
最後に 〜今の自分を大切にする〜
もし、日々の生活の中で「自分が今、生きている」という実感が持てずにいる方がいたら、少しだけ立ち止まって、自分の生活にある「小さな不便さ」を見つめてみてください。その中に、自分だけが感じられる「生の実感」が隠れているかもしれません。
私は、毎日が「挑戦」であり、その中で一歩ずつ生きていく自分を大切にしています。不便だからこそ得られる生の実感。それが、今の私にとっての生きる喜びです。
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――元課長・中途重度障害当事者が考える「人を活かす仕事の再設計」
障害者雇用で「仕事を切り出す」だけでは、本当の人材活用にはつながりません。健常者時代に課長を…



















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