「人は何のために働くのか?」
そんな問いを繰り返しながら、これまでの人生を歩んできた。
若い頃は「生きるため」に働いた。生活費を稼ぎ、家族を養い、社会の一員として役割を果たすために、仕事を選んできた。
障害を負ってからは「働けることそのもの」に感謝するようになった。できる仕事があるだけで幸せだと思ったし、社会とのつながりを感じられることに価値を見出していた。
でも、今になって思う。
自分の最後の仕事は、ただ生活のためではなく、地域のために働くことにしたい。
そう思うようになったのは、これまでの人生の積み重ねがあったからだ。
これまでの仕事の価値観の変化
自分が社会に出てから、ずっと「仕事=お金を稼ぐ手段」だと思っていた。
もちろん、そこにやりがいや誇りがあることも大事だが、最優先は「生きていくこと」だった。
中途障害者になってからは、その価値観が少し変わった。
身体が不自由になり、思うように動けない日々が続いたとき、「自分はもう社会に必要とされないのではないか」と不安になった。
それでも、少しずつリハビリをして、仕事に復帰できたときは、「働けること自体が幸せだ」と思えた。
社会の一員として、自分にできることがあることが嬉しかった。
だが、さらに年を重ねてくると、今度はまた違う気持ちが芽生えた。
「この仕事は、誰かの役に立っているのか?」
「自分の最後の仕事は、もっと地域に貢献できる仕事にしたい」
そう思うようになった。
地域に貢献する仕事とは?
「地域に貢献する仕事」とは何だろうか。
ボランティア活動、福祉支援、地域活性化、教育、エネルギー産業…さまざまな形がある。
私が今考えているのは、水力発電を管理する仕事だ。
水力発電は、地域の自然資源を活かしながら、持続可能なエネルギーを生み出す。
電気は地域の生活や産業を支える重要なインフラだし、安定したエネルギー供給ができることは、長期的に見ても地域の発展に大きく寄与する。
この仕事に携わることで、
「自分が地域に貢献している」と実感しながら働けるのではないかと考えている。
なぜ「最後の仕事」に地域貢献を選ぶのか
これまでの人生、いろいろな仕事を経験してきた。
企業での仕事もしたし、個人での活動もしてきた。
中途障害者になってからも、どうにかして働き続けてきた。
その中で、「仕事の意味」について、何度も考えた。
- 若い頃は、「生活のため」 に働いた。
- 障害を負ってからは、「社会とつながるため」 に働いた。
- そして、これからは、「地域のため」 に働きたい。
自分が残りの人生でやる仕事は、単なる生計の手段ではなく、「誰かの役に立っている」と心から思える仕事にしたい。
それが、今の自分にとっての「最後の仕事」の意味なのだ。
共感と応援のメッセージを募る
「自分の最後の仕事は、地域に貢献できる仕事がしたい」
この想いに共感してくれる人はいるだろうか。
同じように「自分の仕事が誰かの役に立っていると実感したい」と思っている人はいるだろうか。
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「私も同じ気持ちだ」「こういう仕事をしているよ」「こういう形の地域貢献もあるよ」
そんなコメントやメッセージをもらえるだけで、私は大きな励みになる。
そして、応援してくれる人がいるなら、ぜひ力を貸してほしい。
地域に貢献する仕事を探し、実際に行動を起こしていく中で、皆さんの意見やアドバイスがとても大きな支えになる。
まとめ
私は、最後の仕事として、「地域に貢献している実感を持てる仕事」 をしたいと思っている。
今の候補は水力発電の管理だが、それに限らず、地域のためにできることを模索しながら進んでいきたい。
これは単なる「仕事探し」ではない。
「自分が人生の最後に、何を残せるのか」を考える大切な選択だ。
「仕事は生活のため」でもある。
でも、それだけじゃない。
「働くことで、地域や社会に貢献する喜びを感じられる」ことが、本当の意味での仕事の価値ではないか。
もし同じような想いを持っている人がいたら、一緒に考えてほしい。
「最後の仕事」を、どう選ぶのか。
そして、「地域に貢献する」ということの意味を、共に見つめ直していけたらと思う。
応援、シェア、コメント、大歓迎です。
皆さんの声が、これからの私の道を支えてくれる。
どうか、この想いが、たくさんの人に届きますように。



















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