「どうすればいいですか?」
そう聞かれたとき、
以前の私は、
できるだけ早く「答え」を返そうとしていました。
管理職だった頃の話です。
問題が起きれば原因を考える。
部下が困っていれば解決策を示す。
迷っていれば方向を決める。
仕事が止まりそうなら、
自分が判断する。
その方が早い。
その方が失敗も少ない。
そして何より、
「管理職とは、答えを持っている人である」
どこかで、そう思っていたのだと思います。
でも私は今、
以前ほど簡単には、
答えを渡さなくなりました。
代わりに、
問いを置くようになりました。
「本当に困っているのは、どこですか?」
「何が変われば、前に進めそうですか?」
「できない理由ではなく、できる条件を考えるとしたら?」
「今のやり方を続けなければならない理由はありますか?」
「半年後、どうなっていたら良かったと思えますか?」
私がこう考えるようになったのには、
一つ、大きなきっかけがあります。
30歳で脳出血を発症し、
中途重度障害者になったことです。
—
「人を動かす側」から、「配慮を受ける側」へ
障害を負う前の私は、
仕事を任せる側でした。
管理する側。
評価する側。
判断する側。
成果を求める側。
そして障害を負った後、
立場が大きく変わりました。
合理的配慮を受ける側。
仕事を任される側。
評価される側。
できることと、
できないことを説明する側。
「どこまでならできますか?」
と聞かれる側になりました。
私は、
管理する側と、
管理される側。
両方の景色を見ることになったのです。
そこで、
以前の自分に対して、
少し違和感を持つようになりました。
—
「本人がもう少し頑張れば」と思っていた
管理職側にいた頃、
すべてではありませんが、
こんなふうに考えていたことがあります。
「もう少し主体的に動いてくれれば」
「もう少し考えてから相談してくれれば」
「本人がもう少し頑張れば」
もちろん、
本人側に改善すべきことがあるケースもあります。
今でも、
何でも組織の責任にすべきだとは思いません。
でも、
自分が障害者になってから、
同じ言葉を以前ほど簡単には使えなくなりました。
なぜなら、
本人の努力だけでは変えられないものが、
仕事の中には確かに存在するからです。
—
人の問題に見えて、実は「条件」の問題だった
例えば、
何を求められているのか分からない。
どこまで自分で判断していいのか分からない。
困ったときに誰へ相談すればいいか分からない。
どの状態になれば完成なのか分からない。
何を評価されているのか分からない。
この状態で、
「もっと主体的に」
と言われても、
人はなかなか動けません。
必要なのは、
気合いではない。
能力だけでもない。
その人が能力を発揮できる
「条件」
です。
私は障害を負って、
このことを身をもって知りました。
—
答えを渡せば、その場は早く進む
管理職時代、
部下から相談を受けて、
自分に答えが見えたとします。
「それなら、こうすればいい」
と伝える。
その方が早い。
場合によっては、
正解でもあります。
でも、
それを繰り返すとどうなるでしょう。
部下は、
困ったら上司に聞くようになります。
上司は、
「また自分が判断しなければならない」
となります。
やがて、
上司が意思決定のボトルネックになる。
本人の思考機会も減っていく。
つまり、
目の前の仕事を早く終わらせることと、
次から自分で考えて動ける人を育てることは、
必ずしも同じではありません。
ここに、
「答えを渡すこと」の罠があります。
—
正しい答えが、相手の成長を止めることがある
これは少し皮肉な話です。
上司の答えが正しいほど、
部下は考えなくても済んでしまいます。
そして、
上司も成功体験を持ちます。
「自分が判断したからうまくいった」
しかし長期的に見ると、
それは、
判断が上司に集中しているだけかもしれません。
本人が育っていないのではなく、
本人が判断する仕事を、
組織側が渡していない可能性もあります。
だから私は、
今ではこう考えています。
仕事を渡すとは、
作業を渡すことではない。
判断する機会まで渡すことです。
—
私は「あえて待つ」ようになった
人から相談されたとき、
答えが見えていることがあります。
以前なら、
すぐ伝えていたでしょう。
でも今は、
少し待つことがあります。
「あなたはどう思いますか?」
「どこまで考えましたか?」
「他にはありますか?」
「何が一番引っかかっていますか?」
沈黙になることもあります。
私は、
この沈黙を以前より怖がらなくなりました。
なぜなら、
その沈黙の中で、
相手が初めて自分の頭で考えていることがあるからです。
—
人を動かすのは「正しい指示」だけではない
もちろん、
緊急性が高い。
安全に関わる。
失敗したときの損失が極めて大きい。
そういう場面では、
明確な指示が必要です。
何でも質問すればいいわけではありません。
でも、
本人が考えられる場面まで、
すべて答えを与えてしまう必要もありません。
重要なのは、
答えを教えるか、
質問するか、
という二択ではありません。
「この人が次から自分で判断できるようになるには、
今、何を渡すべきか」
という視点です。
—
良い問いは、答えを押しつけない
例えば、
「なぜできないのですか?」
と聞けば、
人はできない理由を探します。
でも、
「何が変われば、できそうですか?」
と聞けば、
できる条件を探し始めます。
同じ問題でも、
問いが変わると、
人が見る場所が変わる。
そして、
見る場所が変われば、
選択肢も変わります。
だから私は、
問いとは単なる会話術ではなく、
人の思考を設計するものだと思っています。
—
障害者雇用でも、問いを変えると景色が変わる
障害者雇用では、
よくこういう問いが出ます。
「この人に何ができますか?」
もちろん必要な問いです。
でも、
私はもう一つ、
こう聞きたい。
「どんな条件なら、この人は力を発揮できますか?」
この二つは、
似ているようで大きく違います。
前者だけだと、
できる/できない
という本人側の能力だけに目が向きやすい。
後者では、
仕事の渡し方。
情報。
環境。
配慮。
判断範囲。
相談経路。
評価基準。
といった、
組織側の条件も視野に入ります。
—
「人を変える前に、条件を見る」
この考え方は、
私のBPRやWork Architectureの土台にもなっています。
人が動かない。
仕事が遅い。
管理職が疲弊している。
引き継げない。
評価できない。
採用しても定着しない。
こうした現象を見るとき、
私はまず、
その人自身だけを見ないようにしています。
仕事は説明できているか。
判断範囲は明確か。
必要な情報は届いているか。
相談できる場所はあるか。
期待される成果は分かっているか。
評価基準は言語化されているか。
担当者が変わっても回るか。
問いを置いていくと、
人の問題に見えていたものが、
実は構造の問題だったと分かることがあります。
—
BPRとは、「人をもっと頑張らせること」ではない
BPRという言葉から、
業務効率化。
IT化。
AI。
自動化。
コスト削減。
をイメージする人も多いと思います。
もちろん、
それらも重要です。
でも私は、
BPRの本質はもっと手前にあると思っています。
「そもそも、
なぜこの仕事をしているのか」
「誰がやるべきなのか」
「誰が何を判断するのか」
「どこまで人がやり、
どこから仕組みに任せるのか」
「成果が出る条件は何か」
を問い直すことです。
つまり、
人を変える前に、
仕事と組織の構造を疑う。
これが、
私の考えるBPRです。
—
私のBPRの原点は、障害者雇用にある
私は、
障害者雇用とBPRを、
別々のテーマだとは考えていません。
むしろ、
私のBPRの原点は、
障害者雇用にあります。
制約があると、
今まで見えなかった仕事の曖昧さが見えます。
両手が使えること。
長時間働けること。
すぐ判断できること。
口頭指示だけで理解できること。
困ったら自分から相談できること。
こうしたものが、
実は仕事の中に埋め込まれた
「見えない前提」
だったと分かる。
そして、
その前提を一つずつ問い直していく。
すると、
障害者のために始めた改善が、
新人にも、
若手にも、
異動者にも、
育児や介護を抱える社員にも、
管理職にも、
有効になることがあります。
だから私は、
障害者雇用を、
組織の設計能力を見る
一つのストレステストだと考えています。
—
「理解ある上司がいるから大丈夫」は、本当に大丈夫なのか
障害者雇用では、
こんな言葉を聞くことがあります。
「うちは理解のある上司がいます」
これは、
とても大切なことです。
理解ある管理職の存在に救われる人は、
確かにいます。
でも、
私はもう一つ問いを置きます。
その上司が、
明日異動しても回るでしょうか。
もし答えに迷うなら、
今うまくいっている理由の一部が、
「仕組み」ではなく、
その人の善意や経験に依存している可能性があります。
私は、
善意をなくしたいのではありません。
むしろ逆です。
その人の優しさや知恵を、
その人がいなくなっても残る形にしたい。
善意を、
組織の能力として残したい。
そう考えています。
—
答えより、「良い問い」を残せる人でありたい
AIが急速に進化しています。
知識を調べる。
文章をまとめる。
比較する。
案を出す。
多くのことを、
AIが高速でできるようになりました。
だからこそ、
これから人間にとって大切になるものの一つが、
「何を問うか」
なのではないかと思っています。
答えは、
AIも出せる。
でも、
何を見るべきか。
何を疑うべきか。
何を大切にするのか。
どんな未来を選ぶのか。
そこには、
その人の価値観や経験が現れます。
私は、
答えをたくさん持っている人より、
その人自身が答えを見つけられる問いを渡せる人
でありたいと思っています。
—
月100人に、考えが深まる問いを届けたい
最近、
自分の目標を一つ決めました。
月100人に、
考えが深まる問いを届ける。
月100人に、
次の一歩が見える状態をつくる。
その結果として、
月100人が少しでも幸せになる。
コメントでも。
投稿でも。
対面でも。
私は、
質問を使ってそれを実現したいと思っています。
収益も大切です。
事業として続ける以上、
必要です。
でも、
お金だけを追うのではなく、
その一つ手前にある、
「どれだけ価値を生み出したか」
を追いたい。
それが結果として、
仕事や収益につながっていけばいい。
今は、
そう考えています。
—
最後に、あなたにも一つだけ問いを置きます
もし今、
人が動かない。
管理職が疲れている。
仕事が属人化している。
引き継げない。
評価が曖昧。
誰か一人に依存している。
そんな問題を抱えているなら、
その人を変えようとする前に、
一度だけ、
こう問いかけてみてください。
「この人が力を発揮できない原因を、人ではなく“条件”から説明するとしたら、何が見えるだろう?」
答えがすぐに出なくても構いません。
むしろ、
その問いに答えられない場所に、
組織の次の改善ポイントが隠れているかもしれません。
—
障害者雇用を「善意」から「仕組み」へ
私は現在、
障害者本人を診断するのではなく、
企業側の仕組みを確認する
「障害者雇用・善意依存度診断」
を公開しています。
全12問。
約3分。
個人情報の入力は必要ありません。
確認するのは、
業務設計。
配慮と成果。
管理職支援。
ナレッジ継承。
成長と評価。
組織ガバナンス。
です。
「今の上司が異動しても、同じ品質で回るだろうか」
少しでも答えに迷ったら、
一度、
自社の現在地を確認してみてください。
▼ 障害者雇用・善意依存度診断
https://newlifestylesdlm.jp/disability-employment-goodwill-dependency-check/
—
人を責める前に、
構造を見る。
答えを渡す前に、
問いを置く。
人を変える前に、
条件を設計する。
成果は守る。
方法は疑う。
人には期待する。
仕組みで支える。
それが、
中途重度障害者になり、
管理する側と、
配慮を受ける側、
両方の景色を見た私がたどり着いた、
Work Architectureの原点です。
障害者雇用は「採用・定着・評価」を別々に考えてはいけない――人が変わっても成果を生み出せる組織をつくるWork Architecture完全入門
障害者雇用は採用して終わりではありません。採用、業務設計、合理的配慮、管理職支援、評価、キャ…














コメントを残す