それでも私は、世界の外へ出る

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駅のホームに立つと、
私はいつも、ほんの一瞬だけ足を止める。

エレベーターの位置を確かめ、
人の流れを目で追い、
今日の身体の調子を、静かに胸の内で量る。

深く息を吸う。

――さて、今日はどんな世界だろう。

私は障害者だ。
だから外に出るとき、
何も起きないとは思っていない。

視線に出会うこともある。
戸惑いの間に触れることもある。
説明しなければならない場面も、
言葉にならない壁にぶつかることもある。

それでも私は、時間があれば旅に出る。
家にこもらない。

なぜだろう、と
自分でもときどき考える。

世間ではよく言われる。
「障害者は家に閉じこもりがちだ」と。

悪意のある言葉ではない。
心配や配慮の顔をして、
静かに語られることが多い言葉だ。

けれど私は、その言葉を聞くたびに、
胸の奥が少しだけざらつく。

閉じこもることを、私は否定しない。
外に出られない日があることも、
外に出る気力が湧かない時間があることも、
私は身をもって知っている。

身体は正直だ。
心もまた、正直だ。

それでも私は、
家にこもらない。

理由はひとつではない。
強いからでも、前向きだからでもない。

ただ、家の中に長くいると、
人生が静かに縮んでいくのを感じるからだ。

今日も無事だった。
今日も問題は起きなかった。
今日も安全だった。

それなのに、
なぜか世界が少し遠くなる。

音が薄れ、
色が鈍り、
自分が、自分の人生から
一歩ずつ離れていくような感覚。

私にとって外に出ることは、
刺激ではない。
挑戦でもない。

回復に近い。

旅先で特別な出来事が起きなくてもいい。
計画通りに進まなくてもいい。

ただ、
「世界はまだここにある」
そう確かめられれば、それでいい。

私は外に出るとき、
この世界が優しいとは思っていない。

むしろ逆だ。

差別に出会うかもしれない。
無理解に触れるかもしれない。
思いがけない言葉に、
胸を打たれることもあるだろう。

そう思って、外に出る。

それは諦めではない。
覚悟でもない。

準備だ。

準備があると、
心は驚かなくて済む。

想定外が起きないというのは、
何も起きないという意味ではない。

起きても、
「ああ、そういうこともある」
そう受け止められる余白が、
胸の内に残っているということだ。

人は、
つらい出来事そのものよりも、
「そんなことが起きるとは思わなかった」
という瞬間に、深く傷つく。

だから私は、
最初から世界の荒れ具合を見積もっておく。

すると不思議なことに、
緊張は少しだけ和らぐ。

世界を、
丸ごと敵にしなくて済む。

私は、
誰かを悪者にしたいわけではない。

多くの場合、
そこにあるのは悪意ではなく、
ただ設計の不在だ。

「みんな同じ」で動くことに慣れすぎた社会。
例外を受け止める回路が、
まだ細いだけの世界。

それに出会うたび、
私は心の中で、そっと言う。

――この人が悪いわけじゃない。
――この場所が、まだ追いついていないだけだ。

そう思えると、
憎しみは芽を出さない。

憎しみは、体力を奪う。
体力が奪われると、
次に外へ出る力が残らなくなる。

だから私は、
怒りを燃やし尽くさない。

感じる。
抱える。
そして、静かに言葉にする。

こうして文章を書くことも、
私にとっては、
世界と折り合いをつける方法のひとつだ。

外に出ると、
私はときどき、
尊厳を試される場面に出会う。

丁寧に扱われないこと。
軽く流されること。
いないもののように扱われること。

もし尊厳をすべて外側に預けていたら、
私は何度も壊れていただろう。

だから私は、
尊厳の居場所を、
少しだけ自分の内側に移した。

今日は無理をしなかった。
今日は引き返す判断ができた。
今日は自分を守る選択をした。

それでいい。

誰かの態度がどうであれ、
私は私を粗末に扱わなかった。

それだけで、
外に出る理由は十分だ。

本当は、
ここまで自分を整えなくても、
誰もが気軽に外へ出られる社会であってほしい。

特別な覚悟も、
特別な準備もいらない世界であってほしい。

けれど、現実はまだそこに追いついていない。

だから私は、
差別や無理解が起きうる世界を前提に、
今日も外へ出る。

世界を信じすぎず、
世界を憎みすぎず、
ただ、自分を守りながら。

駅のホームで、
私はもう一度、深く息を吸う。

そして、
ゆっくりと一歩、前に出る。

人生を、これ以上縮ませないために。

それでも私は、
世界の外へ出る。

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