SDGsが怪しいと感じるのはなぜか? それでも自分の頭で考え行動することの大切さ

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最近、SDGs(持続可能な開発目標)という言葉を耳にしない日はない。企業も政府もこぞって「SDGsに取り組んでいます!」とアピールし、学校や職場でもSDGsを学ぶ機会が増えている。でも、そんなSDGsに対して、なぜか「怪しい」と感じてしまうことはないだろうか?

私自身、中途で重度障害者になり、多様性や共生社会といったテーマに関心を持つようになった。SDGsの目標には共感する部分も多いし、それ自体は素晴らしいものだと思う。それでも、どこか釈然としない。この違和感はどこから来るのか? そして、だからこそ私たちは「世界の思惑に流されるのではなく、自分の頭で考え、行動すること」が大切なのではないか? 今回はそんなことを考えてみたい。


SDGsが怪しく感じる理由

SDGsは「貧困をなくす」「すべての人に教育を」「ジェンダー平等」「気候変動対策」など、誰もが賛同しやすい目標を掲げている。確かにどれも重要な課題だ。しかし、だからこそ私は違和感を覚える。

1. “絶対的に正しいもの” には裏がある

歴史を振り返ると、「絶対に正しい」とされたことの多くが、後になって別の意図があったことが判明している。例えば、かつての植民地支配は「文明を広めるため」と正当化され、戦争も「平和のため」と称して行われてきた。

SDGsも同じではないか?
企業や政府が「SDGsは良いことだから、みんなで取り組もう!」と呼びかけるとき、その裏にはどんな意図があるのか? 本当に「世界を良くすること」だけが目的なのか? それとも、企業イメージの向上や新たなビジネスチャンスとして利用されているのか?

2. SDGsを掲げるのは誰か?

SDGsを推進しているのは、国際機関、大企業、政府などの「大きな組織」だ。もちろん、彼らが本気で世界を良くしようと考えているなら、それは素晴らしいことだ。しかし、現実には「SDGsに取り組んでいます!」とアピールすることで投資家の関心を集めたり、補助金を得たりするために利用しているケースも少なくない。

さらに、SDGsに賛同しない人や企業は「社会の流れに逆らう存在」として批判されることもある。まるで「SDGsは絶対に正しい、だから従え」という圧力を感じるのだ。

3. “持続可能な開発” は本当に持続可能なのか?

SDGsでは「持続可能な社会を目指す」と言うが、そのために新しい技術やインフラが必要とされる。例えば、環境に優しいとされる電気自動車の製造には、リチウムやコバルトといったレアメタルが必要だ。しかし、それらを採掘するためには多くの環境破壊が伴い、発展途上国では児童労働の問題も指摘されている。

つまり、「地球に優しい」という看板の裏側では、新たな矛盾や問題が生まれているのだ。では、私たちはどうすればいいのだろうか?


SDGsの目標自体は素晴らしい

ここまで疑問を投げかけてきたが、だからといってSDGsの目標自体が無意味だとは思わない。
むしろ、「貧困をなくす」「ジェンダー平等」「環境保護」などは、どれも取り組む価値のある重要な課題だ。

例えば、私は障害者として「すべての人が生きやすい社会を作る」ことに共感するし、バリアフリーや多様性の推進には賛成だ。環境問題についても、ゴミの分別をしたり、必要以上に電気を使わないようにすることは意味のある行動だと思う。

だからこそ、問題なのは「目標そのもの」ではなく、「それをどう活用するか」なのではないか? そして、何よりも大切なのは「私たち一人ひとりが、自分の頭で考え、行動すること」だ。


思惑に流されず、自分の頭で考えて行動する

SDGsに限らず、社会の大きな流れには常に何らかの意図がある。
だからこそ、私たちはただ従うのではなく、「本当にそれが自分にとって、社会にとって良いことなのか?」を考えるべきだ。

1. 情報を鵜呑みにしない

SNSやニュースでは「これが正しい」「これが世界のスタンダード」という情報があふれている。でも、それらは本当に正しいのか? 他の視点からも情報を集めて、批判的に考える習慣を持つことが大切だ。

2. 自分にできることを考える

SDGsのすべての目標を達成しようとするのは不可能だし、無理をして続けると疲れてしまう。だからこそ、「自分にできること」を考えることが重要だ。

例えば、私は「障害者としてのリアル」をブログで発信することが自分にできるSDGsへの貢献の一つだと考えている。別に、SDGsのバッジをつけたり、大企業の活動に無理に賛同しなくても、自分なりの方法で社会に貢献することはできる。

3. 価値観の押し付けに警戒する

「SDGsに取り組まないなんておかしい!」
「エコな生活をしない人は時代遅れ!」
こんな価値観の押し付けが始まると、それは「新しい形の同調圧力」になってしまう。SDGsが目指すのは「誰一人取り残さない社会」のはず。それならば、「違う意見を持つ人」もまた尊重されるべきではないだろうか?


まとめ:自分の生き方を大切にする

SDGsは確かに素晴らしい目標を掲げている。でも、その背景にある「誰が、何のために推進しているのか?」を考えずに、ただ流されるのは危険だ。

「これは正しいことだから、みんなでやろう!」
そんな同調圧力に流されるのではなく、自分の価値観に沿って、自分にできる形で行動することが大切だ。

私たちは、他人に従うために生きているのではない。
「どう生きるか」は、自分自身で決めるもの。

だからこそ、世界の思惑に流されずに、自分の人生を、自分の手で選び取っていこう。

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