中途重度障害者のキャリアは失敗ではなかった|光通信・JA・パナソニックインダストリー・関西電力を経て分かった人生再設計

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はじめに|キャリアに悩むあなたへ。遠回りした人生にも、必ず意味はある

今、自分のキャリアに悩んでいる人は多いと思います。

転職が多い。
職歴に一貫性がない。
誇れるような肩書がない。
自分だけ遠回りしているように感じる。
会社を変えるたびに、自分の価値まで揺らいでしまう。
病気や障害で、思い描いていた働き方ができなくなった。
周りは順調に見えるのに、自分だけ人生のレールから外れてしまったように感じる。

そんな不安を抱えている人に、私は伝えたいことがあります。

キャリアは、まっすぐでなくてもいい。
人生は、途中で壊れても終わりではない。
説明しにくい職歴にも、必ず意味はあります。

もちろん、きれいなキャリアは分かりやすいです。

新卒で有名企業に入り、順調に昇進し、専門性を高め、肩書を積み重ねていく。
一つの業界で長く働き、誰が見ても納得する経歴を作っていく。
履歴書を見れば、「この人はこういう人だ」とすぐに説明できる。

それは確かに美しいキャリアです。

けれど、世の中のすべての人が、そんな一本道を歩けるわけではありません。

会社が合わなかった人もいる。
家庭の事情で働き方を変えた人もいる。
心や身体を壊した人もいる。
障害や病気によって、これまでの前提が崩れた人もいる。
何度もやり直しながら、それでも何とか働き続けている人もいる。

私は、その一人です。

私のキャリアは、決してまっすぐではありませんでした。

光通信で営業を経験し、地元の港湾荷役業で労務事務を経験し、障害者となってから三菱系システム会社で初めて障害者雇用を経験しました。
その後、移住先の福祉系NPO法人で働き、JAで事務を経験し、さらにパナソニックインダストリーで働き、現在は関西電力で事務職として働いています。

その一方で、私はカウンセラーとしても活動してきました。
そして今は、ブログを書き、YouTubeで発信し、自分の経験を社会へ返そうとしています。

こうして並べてみると、かなり珍しいキャリアだと思います。

営業。
労務。
システム会社。
福祉。
農業系組織。
製造業。
大手インフラ。
障害者雇用。
カウンセリング。
ブログ。
発信活動。

普通のキャリア論では、あまり美しく整理できないかもしれません。

けれど、私は今、自分のキャリアを失敗だったとは思っていません。

むしろ、遠回りしたからこそ見えたものがあります。
障害者になったからこそ分かったことがあります。
組織をいくつも経験したからこそ、人と会社と社会の構造が見えるようになりました。
そして、そのすべてが、今のブログやカウンセリングに活きています。

私のキャリアは、一直線の成功物語ではありません。

けれど、壊れた後にもう一度人生を設計し直してきた、私自身の証明です。

もし今、あなたが自分のキャリアに自信を持てないなら、この記事を最後まで読んでほしいと思います。

あなたの遠回りも、まだ終わっていません。
あなたの失敗だと思っている経験も、いつか誰かを支える言葉になるかもしれません。
そして、あなた自身の人生も、ここから何度でも設計し直せるのです。



光通信で学んだこと|社会は優しくないという現実

私のファーストキャリアは、光通信での営業でした。

今振り返ると、あの環境はかなり厳しかったです。
甘さや理想だけでは通用しない世界でした。

営業という仕事は、きれいごとだけでは成り立ちません。

結果が求められる。
数字が求められる。
行動量が求められる。
自分の弱さや迷いなど、待ってはくれない。

もちろん、当時の自分にとっては大変でした。
苦しかったこともありました。
合わない部分もありました。

けれど、あの経験が無意味だったとは思いません。

社会に出るとはどういうことか。
会社は何を求めるのか。
人はなぜ追い込まれるのか。
成果を出すとはどういうことか。
働く現場で人が消耗していく時、何が起きているのか。

それを、頭ではなく身体で知りました。

この経験があるから、私は「働くことはきれいごとではない」と分かります。
そして同時に、「人を成果だけで測る働き方は、人間を壊す」とも分かります。

今、私がブログで働き方や企業の構造について書く時、そこにはこの時代の経験が静かに残っています。

厳しい社会を知らずに、優しい言葉だけを語っているわけではありません。
現実の冷たさを知ったうえで、それでも人が壊れない働き方を考えています。

それが、私の文章の土台になっています。



港湾荷役業で学んだこと|現場を支える仕事の重み

次に私は、地元の港湾荷役業で労務事務を経験しました。

ここで学んだのは、現場を支える事務の重要性でした。

世の中では、どうしても前に出る仕事が目立ちます。

営業。
管理職。
企画職。
専門職。
現場の中心にいる人。

けれど、実際には、その裏側で多くの事務仕事が組織を支えています。

勤怠。
労務。
給与。
手続き。
書類。
調整。
確認。
記録。

こうした地味な仕事が崩れると、現場はうまく回りません。

私はこの経験から、裏側で支える仕事の価値を知りました。
表に出ない仕事にも、確かに人の生活を支える力があると知りました。

これは、現在の自分にもつながっています。

私は中途重度障害者となり、身体的にはできないことも増えました。
現場に出て力仕事をすることはできません。
誰かと同じ速度で動くことも難しいです。

けれど、事務として仕組みを整えることはできます。
業務を標準化することはできます。
記録を残し、見える化し、誰かが困らないように準備することはできます。

現場に出られないから価値がないのではありません。
現場に出られないからこそ、現場を支える方法を考えることができます。

港湾荷役業での経験は、その原点だったのかもしれません。



障害者になってからの三菱系システム会社|「働ける自分」を取り戻した時間

私にとって大きな転機は、障害者になったことでした。

それまで当たり前だった身体が、当たり前ではなくなる。
できていたことが、できなくなる。
動けていた速度で、動けなくなる。
自分の人生が、一度そこで壊れたように感じる。

その後、私は三菱系システム会社で、初めて障害者雇用として働きました。

これは私にとって、単なる転職ではありませんでした。

障害者になっても働けるのか。
社会の中に、まだ自分の居場所はあるのか。
壊れた後の人生にも、役割は残っているのか。

その問いに向き合う時間でした。

障害者雇用には、きれいごとでは済まない現実があります。
配慮がある一方で、遠慮もある。
守られる一方で、見えない壁もある。
能力を発揮したいのに、最初から狭い枠で見られることもある。

けれど、それでも私はそこで、「もう一度働く」という感覚を取り戻していきました。

障害者になったから終わりではない。
前と同じ働き方はできなくても、別の形で働くことはできる。
人生は、壊れた後でも設計し直せる。

この実感は、今のブログの中心思想そのものになっています。

私は机上の理論として人生再設計を語っているのではありません。
自分の身体と生活と職場経験を通して、人生は再設計できると知りました。

だから、同じように苦しんでいる人へ言葉を届けたいと思うのです。



福祉系NPO法人で学んだこと|支援する側も、支えられている

その後、私は移住先の福祉系NPO法人で働きました。

福祉の世界は、人間の弱さと近い場所にあります。

困っている人。
支援を必要とする人。
制度の隙間に落ちそうな人。
家族だけでは支えきれない人。
社会の中で声を上げにくい人。

そうした人たちの現実に触れる場所でした。

けれど、そこで私はもう一つ大切なことを学びました。

支援する側も、また支えられているということです。

人を支える仕事は、尊い。
しかし、支える人が壊れてしまえば、支援は続きません。

福祉や医療や介護の現場では、優しい人ほど疲弊しやすい。
責任感の強い人ほど抱え込みやすい。
人の痛みに敏感な人ほど、自分の痛みを後回しにしやすい。

これは、今の私が「優しい人が壊れないための人生設計」を発信している理由にもつながっています。

優しい人が最後まで優しくあるためには、自分を犠牲にし続けてはいけない。
誰かを支えるためには、自分も支えられる構造が必要になる。
支援とは、根性論ではなく設計である。

福祉系NPO法人での経験は、カウンセリングにもブログにも深く活きています。

人の苦しみは、制度だけでは救えません。
けれど、制度を知らなければ救えない苦しみもあります。
優しさだけでは足りない。
しかし、優しさがなければ始まらない。

この複雑さを知れたことは、私にとって大きな財産でした。



JAで学んだこと|地域と暮らしは、切り離せない

その後、私はJAで事務として働きました。

JAという組織は、地域と暮らしに近い存在です。
農業、生活、金融、共済、地域のつながり。
そこには、都市型の企業とは違う空気があります。

私はここで、地域に根差して働くことの意味を考えるようになりました。

働くとは、単に会社に所属することではありません。
暮らしの中に役割を持つことでもあります。
地域の営みの中で、自分の仕事がどこにつながっているのかを考えることでもあります。

特に但馬で暮らすようになってから、私は地域というものを強く意識するようになりました。

都市部のように、すべてが効率で回るわけではない。
人手も限られている。
高齢化も進む。
医療も福祉も交通も、地域によって条件が違う。

だからこそ、地域で生きる人間には、現場感覚が必要になります。

JAでの経験は、私に「暮らしと仕事は切り離せない」という感覚を与えてくれました。

今、私が地域医療や但馬の未来、地方で生きることについて書く時、その背景にはこの経験があります。

人生再設計は、個人の内面だけの話ではありません。

どの地域で生きるか。
どんな社会構造の中で働くか。
どんな制度や産業に支えられているか。

そこまで含めて、人の人生は形作られています。



パナソニックインダストリーで学んだこと|大企業の中で働く現実

JAの後、私はパナソニックインダストリーでも働きました。

大企業で働くということは、組織の大きさの中で自分の役割を見つけることでもあります。

大きな会社には、大きな仕組みがあります。
ルールがあります。
手続きがあります。
部署があります。
責任の分担があります。
そして、個人では簡単に動かせない構造があります。

その中で働くと、組織というものの強さと難しさが見えてきます。

大企業は安定しているように見えます。
制度も整っているように見えます。
しかし、そこにいる人間が常に楽に働けるとは限りません。

大きな組織ほど、個人の声は小さくなりやすい。
仕組みが整っているほど、逆にその仕組みに合わせる苦しさもある。
合理性や効率が重視されるほど、人間の揺らぎや弱さは見えにくくなる。

私はそこで、大企業の中で働く障害者として、いろいろなことを考えました。

配慮とは何か。
制度とは何か。
組織の中で個人が生きるとは何か。
大きな会社の中で、自分の価値をどう発揮するのか。

この経験もまた、今の自分に深く活きています。

私は企業分析の記事を書く時、単に外から批評しているわけではありません。
中で働いた経験があります。
大きな組織の中で、自分の小ささを感じたこともあります。
それでも、自分の役割を見つけようとしてきました。

だからこそ、企業や働き方について語る時、私は単純な善悪で切りたくありません。

会社には会社の論理がある。
組織には組織の制約がある。
けれど、人間を壊していい理由にはならない。

その両方を見つめる視点を、私は少しずつ得てきたのだと思います。



現在の関西電力で学んでいること|インフラを支える事務職として

現在、私は関西電力で事務職として働いています。

インフラに関わる仕事は、人々の生活の基盤に近い仕事です。

電気がある。
水がある。
道がある。
医療がある。
交通がある。
通信がある。

普段は当たり前に見えるものほど、止まった時にその大切さが分かります。

私は中途重度障害者として、できることに制限があります。
現場に出て作業することは難しい。
身体を使って素早く動くことも難しい。

けれど、だからこそ、事務として支える意味を考えるようになりました。

業務を整理する。
標準化する。
記録する。
動画マニュアルを作る。
誰かが迷わないようにする。
属人化を減らす。
現場の人が、本来やるべき仕事に集中できるようにする。

これは、私にとって非常に大切な役割です。

できないことに目を向ければ、いくらでもあります。
けれど、だからこそできることもあります。

身体が自由に動かないからこそ、仕組みで支える。
現場に出られないからこそ、現場が動きやすくなる準備をする。
障害があるからこそ、誰かが困らない業務設計の重要性が分かる。

今の仕事は、私の人生再設計の現在地でもあります。



私のキャリアは、稀でありながら経験豊富だと思う

こうして振り返ると、私のキャリアはかなり稀だと思います。

光通信で営業を経験し、港湾荷役業で労務事務を経験し、三菱系システム会社で障害者雇用を経験し、福祉系NPO法人で働き、JAで地域に近い仕事をし、パナソニックインダストリーで大企業の現実を知り、現在は関西電力でインフラに関わっています。

しかも、その途中で中途重度障害者となりました。

これは、一般的なキャリアの成功モデルとは違います。

しかし、経験の幅という意味では、かなり豊かだと思っています。

営業の厳しさを知っている。
労務事務の重みを知っている。
障害者雇用の現実を知っている。
福祉の現場感覚を知っている。
地域組織の空気を知っている。
大企業の構造を知っている。
インフラを支える仕事の責任を知っている。
そして、カウンセリングを通して人の悩みを聞いてきた。

この経験は、資格だけでは得られません。
肩書だけでは説明できません。
履歴書の行間にしか現れないものです。

私は、それを自分の強みにしていいのだと思うようになりました。

かつては、自分のキャリアに一貫性がないと感じたこともありました。
転職が多いことを、弱みに感じたこともありました。
障害者雇用で働くことに、複雑な感情を持ったこともありました。

けれど今は違います。

私のキャリアの一貫性は、業界名ではありません。
職種名でもありません。
会社名でもありません。

一貫しているのは、壊れた人生をどう設計し直すかを考え続けてきたことです。



この経験は、ブログに活きている

私がブログを書く時、単なる情報だけを書いているわけではありません。

自分の人生で見てきたものを書いています。

働く現場の厳しさ。
障害者雇用の難しさ。
人間関係の痛み。
企業の論理。
地域の課題。
福祉の現実。
医療や介護の危うさ。
大企業の構造。
自分を守ることの大切さ。

これらは、すべて私の中でつながっています。

だから、このブログは単なる雑記ではありません。

私にとってこのブログは、自分の人生を社会に返す場所です。
自分が受けた支援への恩返しでもあります。
中途重度障害者として得た視点を、誰かの人生再設計に役立てるためのメディアです。

もし私が、順調なキャリアだけを歩んでいたら、このブログは書けなかったと思います。

もし私が、障害者にならなかったら、見えなかった世界があります。
もし私が、いくつもの職場を経験しなかったら、語れなかった現実があります。
もし私が、苦しみや遠回りを経験しなかったら、届かなかった言葉があります。

だから私は、自分のキャリアを恥じる必要はありません。

この遠回りこそが、私の文章に重みを与えているのです。



この経験は、カウンセリングにも活きている

私は、カウンセラーとしての活動も大切なキャリアだと思っています。

なぜなら、人の悩みは、理屈だけでは受け止められないからです。

仕事で苦しむ人。
人間関係に疲れた人。
未来が見えない人。
身体や心に不安を抱える人。
自分を責め続けている人。
頑張れない自分に失望している人。
優しすぎて壊れそうな人。

そういう人の話を聞く時、必要なのは正論だけではありません。

こうすればいいと簡単に言うことではない。
前向きに考えようと励ますことでもない。
努力が足りないと追い込むことでもない。

その人が、どのような構造の中で苦しんでいるのかを見ること。
その人が、どこで自分を削ってきたのかを感じること。
その人が、何を失い、何を守ろうとしているのかを受け止めること。

私のキャリア経験は、そのために役立っています。

営業の苦しさを知っているから、成果に追われる人の痛みが分かる。
労務事務を知っているから、職場の制度や手続きの重さが分かる。
障害者雇用を知っているから、配慮される側の複雑さが分かる。
福祉を知っているから、支える人の疲れが分かる。
大企業を知っているから、組織の中で個人が小さくなる感覚が分かる。
インフラを知っているから、社会を支える仕事の責任が分かる。

これは、私にとって大切な財産です。

カウンセリングにおいて、私の強みは「完璧な成功者」として語らないことだと思っています。

私は壊れたことがあります。
迷ったことがあります。
失ったことがあります。
できない自分と向き合ったことがあります。
それでも、もう一度人生を設計し直そうとしてきました。

だからこそ、苦しんでいる人の前で、上からではなく、同じ地面に立って話を聞きたいと思っています。



転職が多いことは、必ずしも弱みではない

日本社会では、転職が多いことを弱みと見る空気がまだあります。

一つの会社に長く勤めること。
職歴がきれいにつながっていること。
分かりやすい専門性があること。

そういうものが評価されやすい。

もちろん、それはそれで尊いです。
一つの場所で積み重ねる力は、本当に大きい。

けれど、転職が多いからといって、その人のキャリアに価値がないわけではありません。

むしろ、複数の組織を経験した人にしか見えないものがあります。

会社によって文化は違う。
業界によって常識は違う。
働く人の価値観も違う。
上司との距離感も違う。
配慮のされ方も違う。
事務の役割も違う。
人を大切にする会社と、そうでない会社の違いも見えてくる。

私はそれを、自分の身体と人生で学んできました。

だから、今なら言えます。

転職が多いことは、単なる不安定さではありません。
それは、複数の世界を見てきたということでもあります。

そして複数の世界を見てきた人は、一つの価値観だけで人を裁きにくくなります。

これも、カウンセリングやブログに活きています。



中途重度障害者になったことは、キャリアの終わりではなかった

障害者になった時、私は一度、自分の人生が終わったように感じました。

前と同じように働けない。
前と同じように動けない。
前と同じように評価されないかもしれない。

そう思うと、未来が暗く見えました。

けれど、今振り返ると、障害者になったことはキャリアの終わりではありませんでした。

それは、キャリアの意味が変わる出来事でした。

以前の私は、できることを増やすことが成長だと思っていたかもしれません。
速く動き、強く働き、多くをこなすことが価値だと思っていたかもしれません。

しかし今は違います。

限られた身体で、何を選ぶか。
限られたエネルギーを、どこに使うか。
できないことがある前提で、どう価値を出すか。
自分を壊さずに、どう社会と関わるか。

それが私のキャリアの中心になりました。

これは、弱くなったということではありません。

むしろ、人生の設計思想が深くなったのだと思います。



私のキャリアの本質は「人生再設計」である

ここまで振り返って分かったことがあります。

私のキャリアの本質は、会社名の並びではありません。
業界の変遷でもありません。
職種の説明でもありません。

私のキャリアの本質は、人生再設計です。

厳しい営業の世界を経験し、
現場を支える事務を経験し、
障害者雇用で働き直し、
福祉の現場に触れ、
地域組織を知り、
大企業を経験し、
インフラを支える仕事にたどり着き、
そのすべてをブログとカウンセリングに変えている。

これは、単なる転職の記録ではありません。

壊れた人生を、どう組み直してきたかの記録です。

私は、自分のキャリアを通してこう思うようになりました。

人生は、最初の設計図どおりに進まなくてもいい。
途中で壊れてもいい。
遠回りしてもいい。
説明しにくい経歴でもいい。
大切なのは、その経験をどう意味づけるかです。

経験は、そのままではただの過去です。
しかし、言葉にすれば誰かの支えになります。
考察すれば、自分の軸になります。
発信すれば、社会への恩返しになります。

だから私は、これからも書いていきます。



このブログサイトを支える記事として

このブログは、単に私の日記ではありません。

自分を壊さないための人生設計を考える場所です。
「このままの人生でいいのか」と感じた人が、自分の人生を見つめ直す場所です。
障害や病気、仕事、人間関係、地域社会、企業構造の中で苦しむ人が、もう一度自分を大切にする感覚を取り戻す場所です。

その意味で、この記事はこのブログサイトの軸を支える記事になると思います。

なぜなら、私のキャリアそのものが、このブログの土台だからです。

私は外からきれいな理論を語っているのではありません。
自分の人生を材料にしています。
働いてきた現場を材料にしています。
障害者としての現実を材料にしています。
受けた支援への感謝を材料にしています。
そして、それらを社会へ返そうとしています。

だから、このブログには体温があります。

失敗も、遠回りも、障害も、転職も、苦しみも、すべてをなかったことにしない。
それらを一つひとつ拾い直し、意味を与え、誰かの人生再設計に役立てていく。

それが、私のライフワークです。



おわりに|遠回りしたキャリアだからこそ、誰かに届く言葉がある

自分のキャリアを振り返ると、決して順風満帆ではありませんでした。

光通信で社会の厳しさを知った。
港湾荷役業で現場を支える仕事を知った。
三菱系システム会社で障害者雇用として働き直した。
福祉系NPO法人で支援の現実を知った。
JAで地域と暮らしのつながりを知った。
パナソニックインダストリーで大企業の構造を知った。
関西電力でインフラを支える事務職として、今も自分の役割を探し続けている。

そしてそのすべてが、ブログとカウンセリングに活きています。

私は、分かりやすい成功者ではありません。
けれど、壊れた後に生き直してきた人間です。

その経験なら、語れる。
その痛みなら、受け止められる。
その遠回りなら、誰かの道しるべにできるかもしれない。

キャリアは、会社名だけで決まりません。
肩書だけで決まりません。
年収だけで決まりません。
一貫性の美しさだけで決まりません。

本当に大切なのは、その経験を通して何を見てきたか。
何を失い、何を学び、何を誰かに返そうとしているかです。

私のキャリアは、まっすぐではありませんでした。
けれど、だからこそ今の私がいます。

そして私は、この不格好で稀なキャリアを、これからもブログとカウンセリングを通して、誰かの人生再設計に変えていきたいと思っています。



CTA|キャリアに迷う人へ

もし今、あなたが自分のキャリアに迷っているなら、伝えたいことがあります。

転職が多いからといって、人生が失敗したわけではありません。
障害や病気で働き方が変わったからといって、キャリアが終わったわけでもありません。
説明しにくい経歴にも、必ず意味があります。

大切なのは、過去をきれいに見せることではありません。

その経験から何を受け取り、これからどう生きるかです。

このブログでは、私自身の中途重度障害者としての経験、障害者雇用の現実、人生再設計、自分を大切にする生き方について発信しています。

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人生は、壊れた後でも設計し直せる。
遠回りしたキャリアにも、誰かを支える意味がある。
私はこれからも、自分の経験を言葉に変えて、必要としている人へ届けていきます。

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