- 私の経験(当時の状況)
脳出血により、脳の一部が機能を停止した。
左上肢は麻痺により機能全廃(つまり動かない)
左下肢は麻痺により思うように動かず、歩けない。
ベットでほぼ寝たきり生活、座位の保持もできない状態で、ベットで車いすへの移乗のリハビリを続けていた。
言葉は出るが、呂律は回らない。
家族は妻と5歳の娘1人
この時点の目標は仕事に復帰し、家庭を支えられるレベルに戻る&自分のことは自分でできるようになる。
さあ、この目標は、適切だろうか?
当時の私は冷静でなかっただろうから適切かどうかは分かっていなかった。
ただ、この目標をクリアできなければ自分は生きていていいと思えないかもしれないという恐怖感が心を支配していた。
これは自分への試練だと思った。自分を大切にしてこなかった自分への罰だと思うようになったり、前世で人殺しでもしたんだろうかと思うようになっている自分がいた。
ここである疑問が浮かんだ。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない。」使い古された言葉だが、本当か?
としか思えなかった。
冷静に現状を確認すればするほど、絶望的だったからだ。
- リハビリ開始(試練への挑戦)
ベッドから車椅子に一人で移れるようになりリハビリ室でのリハビリが始まった。
まずは、ストレッチしながら各種説明を受けた。
その後、立ち座りの練習、今なら分かるが非常に重要なトレーニングだ。
立つときも座るときも意識する点は、ゆっくりということと、麻痺側の足に体重をしっかりかけることだ。
これが本当にきついし怖い。
理学療法士さんがついているとはいえ常に転倒と隣り合わせであり、左上肢が動かない状態で転倒すれば高確率で骨折すると言われていたからだ。
次に足首からひざ上までがっちり固めた下肢装具を装着し、歩行訓練が始まった。
思うように動かない足にイライラしながらも一歩ずつ前に出していく、しかしバランス感覚もなくなっているので、ほぼ理学療法士さんにもたれかかり、歩いているとは言えない状況だった。
初日のリハビリが終わった夜、全くいうことを聞かない左半身が情けなく泣いた。
それから毎日リハビリがあったが、この試練を超えて目標達成できるイメージは日に日に消えていった。
3.ターニングポイント(地獄はまだまだ深かった)
リハビリを続け、伝い歩きなら5mほどできるようになったある日、理学療法士さんから「一時的に帰宅し、退院後の生活をイメージして、今後のリハビリメニューに活かしましょう。」という提案を受けた。
ちなみに変えるのは車椅子だが、4か月ぶりの自宅だったし、家族と過ごせるということで嬉しかった。
しかし、自宅に帰ると、勿論車椅子なので、マンションの玄関も通路も狭く非常に大変だった。
これは結構住宅改修が必要だという思いから悩んでいると、
その夜妻から神妙な面持ちで告げられた。
「私と離婚してください。娘は私が育てます。」
このタイミングで?というのが正直な感想だ。
家族を支えるためにリハビリを日々頑張り、早期の社会復帰を目指そうと決意してすぐだったので、一度沈んだ心を無理やり持ち上げ、少し前向きになったタイミングで、またどん底まで落とされた。
今後の生活を考えれば元妻の選択を頭ごなしに批判はできないが、私としては、もう人生終わったと確信した。
今思い返しても試練だった。
社会に出てからの幾多のピンチなど何もピンチではなかったと思えるぐらいに追い詰められていた。
- 失望中のリハビリ
病院に戻った私の表情がヤバかったのか、看護師さんが心配して声を
掛けてくれた。
もう、リハビリを続けるモチベーションも目的も亡くなった私は、惰性で病院に言われるまま最低限のリハビリをこなす毎日だった。
そんなある日、娘と一緒に見舞いがてら離婚の詳細を詰めに来た元妻との話のあとで、娘と二人っきりになり、
「もう一度、パパと手を繋いで動物園に行きたい」と言われ、私が娘に出来る最後のことだろうと思い。
娘と約束して、リハビリに命を懸けると誓った。
- 本気のリハビリ
まずは、現状確認。
・杖有歩行で20m
・杖なし歩行で5m
・バランス感覚の喪失により転倒の危険性大
・連続歩行20mで、脳が焼き切れるほど消耗する。
条件と目標
・手を繋ぐため杖は使えない。動物園と考えるなら、余裕をもって2kmは杖なし歩行する必要あり。
以上の目標を立て、リハビリ開始。
勿論主治医には反対された。 不可能だし、リハビリのきつさは想像を絶するということだった。
しかし、娘に対して叶えてあげられる最後の約束かもしれないと思ったら、やらないという選択肢はなかった。
毎日限界ギリギリのリハビリを続け、空いた時間は、病室でスクワットやリハビリルームで歩行の自主練を繰り返し、遂に、退院の時には杖なし歩行4kmが可能になっていた。
5.おわりに
その後、娘と手を繋ぎ、神戸動物王国で楽しむことが出来た。
今回の結論としては、「神は乗り越えられる試練しか与えない」というのは、条件付きの是であると思う。
その条件とは、強烈な動機を与えてくれる存在がいることと、サポートしてくれる人がいることということだが私の経験から言えることです。
【自己肯定感】
https://newlifestylesdlm.jp/2021/03/18/%e8%87%aa%e5%b7%b1%e8%82%af%e5%ae%9a%e6%84%9f/
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