障害と向き合うまで

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最近精力的に活動しているので、障碍者になっても最初から受け入れて今みたいに楽しく過ごしているのかと思われている方も多いかもしれません。

そこで、過去に何度か書きましたが、改めて障碍者になってから覚悟を決め向き合うまでの経過を書いてみようと思います。

1.突然の出来事

平成26年11月15日

私は、娘をスイミングスクールに連れて行った後、帰宅し、リビングで娘と遊んでいた、その時は胡坐をかいていたが、急にバタッと左側に倒れた。

どうしたのかと思い、もう一度座りなおそうと思ったが、フラフラして何度も左に倒れてしまう。

助けを呼ぼうにも呂律が回らない。

異変に気付いた妻が救急車を呼んでくれたようで、救急隊が部屋に入ってきた。

そのままストレッチャーに乗せられたところで意識を失った。

2.死にぞこなった

右側頭部の引っ張られるような痛みで目を覚ます。

目を開けると疲れ切った表情の両親と妹夫婦、生まれたばかりの姪、そして妻と娘。

何かあったんだと思った矢先、右手にペンチを持ち、左手に血まみれのホッチキスの芯が入った袋を持っている医師が、

「右脳出血です。」と一言。

これでも福祉大学出身だ。目を閉じ、左足と左手に集中する。

・・・動かない。

「左片麻痺か・・・。」そう呟くと、医師は驚いた表情で、

「詳しいですね。一生寝たきりです。奇跡的に回復して一生車いす生活になります。」

その言葉で、両親の暗い顔の理由が分かった。

私の知る両親は、ちょっとやそっとのことで子供の前で暗い表情をする人間ではない。

3.自殺

自殺を全く考えなかったかと言われれば嘘になるが、最初病院から、自殺防止用の拘束ベルトを使用しますかという問いに、

「これぐらいで死ぬような子には育ててませんから大丈夫です。」

と母は力強い声で言った。

実際中途障碍者は自殺率が先天性障碍者に比べ圧倒的に高い。

しかし、私はそんな母の言葉に救われました。

そして今の私があるのは100%母のお陰です。

4.魔法の言葉と無敵の笑顔

寝たきりの私、まずすることは自力で寝返りをうつことです。

しかし、人間の半身は想像以上に重い。

右方向に寝返りをうとうとすると、動かない左腕が付いてこず、無理やり動くと肩を脱臼するらしい。

痛いのは嫌だと思いながらひたすら寝返りを練習、

不思議なもので、母からの「あなたなら絶対できるよ」って言葉は凄い力になる。

失敗してもうだめだ俺なんかと思っても、母の笑顔を見ると無条件で大丈夫だと思わせてくれる。

その結果、寝たきり→寝返り→座位とやってこれた。

これ何かに似てません?

そう子供の成長です。

ということは、次は、立ち上がりと掴まり歩きです。

ちなみにハイハイは?って思った方、ハイハイは今でもできません。

5.リハビリ室でリハビリ開始

車いすでリハビリ室まで行くと、クマのような男性PTさんが満面の笑みで待っていた。

「岡さん!僕は本気ですよ!」

第一声である。

「岡ですよろしくお願いします。

 もう歩けるって決めてますんで大丈夫です。」

今思うと生意気だったかな。

膝まである長下肢装具?っていうのかわかりませんが、がっちり固めて歩行訓練、動く右手で手すりを持ち、PTさんは左からがっちり支えてくれている状態で、一歩づつ三歩歩いた。

息は切れ、滝のような汗、内心「こんなにきついのか・・・。」

って弱音を吐きそうに。

すると、部屋いっぱいに「歩けてるよ!その調子!」

と母が満面の笑みで声をかけてくれていた。

これを世間では歩けているとは言わないだろと、笑ってしまった。

そうです。例えば、小さい子供が立ち上がって一歩出して転んだ時、他人は転んだって思いますが、お母さんは、どういいます?

「今歩いたよね!凄いその調子!」って言いませんか?

その声が子供に信じられない力を与えます。

それを今でもお子さんにされてますか?

私は大人になって経験し、素晴らしい力を貰ったので言えます。

皆さんもお子さんに、このように声を掛けてあげてください。

きっとお子さんの可能性は無限に広がるはずです。

6.リハビリの専門病院へ転院

病状も安定したので、急性期からリハビリ病院へ転院した。

兵庫県下でも評判のいい県立のリハビリ病院だ。

転院当日、あることを言われる。

「どんな話をきいてここに来たか分からないけど、ここのカリキュラムだけじゃ思ったように回復はしませんよ。

 自分で学習して、いっぱい自主練してくださいね。」

この言葉は私にとって幸運だった。

元々「あそこには入れたら治ったようなもんだ」という噂が多かったし、私もそうなんだと思い始めていたからだ。

7.リハビリ開始

理学療法・作業療法・言語療法を一日にこなすスケジュールを立ててくれた。

全員女性の療法士さんで、一番衝撃だったのは、最初の検査で、

鉛筆を手に取り、「これは何ですか?」って聞かれたことだ。

「えっ」内心動揺した。

「これ見て消しゴムっていう人もいるんですよ」

すかさず、説明してくれる。

おそらく私が呆気にとられていたからだろう。

なんでも、鉛筆と分かって鉛筆と言っているのに、口からは消しゴムと音が出てしまったり、鉛筆と認識しても、呼び名は消しゴムだと記憶がめちゃくちゃになってしまっていたり、そもそも鉛筆だと認識できなかったりと、同じ脳卒中の障害でも、死んだ脳神経の部位によって残る障害は十人十色のこと。

不謹慎だが、内心で「ラッキー」って思った。

左半身は麻痺だが、意思疎通は問題ないし、高次機能障害もないから働ける。

と思ったのも束の間、次のテストが始まった。

計算問題で、フラッシュ暗算の耳で聞くバージョンで、2桁の足し算をCDの音声に合わせて計算していく、パッパッパッっと数字が読み上げられる。まったく付いていけない。

全て終わって、「それでは答えは?」「わかりません」

私は、はっきりと答えました。「元からできません」

みんなできるのって思い不安になったが、言語聴覚士さんは、笑顔で、そうですかとだけ言い次に進みました。

それからは、毎日決められたカリキュラムをこなし、リハビリの情報を携帯で仕入れ、ネットで本を購入し、勉強と療法士さんに相談し自主練も開始した。

8.外泊許可

日々のリハビリと自主練のお陰で、車いすでならかなり行動範囲が増えていた。

そんな時婦長さんから、「大晦日から一泊自宅に帰られますか?」

と尋ねられた。

恐らく日々の頑張りにご褒美を暮れるといった意味と、退院後に必要な動作を実際に体験してリハビリのカリキュラムにフィードバックするという意味があったのだろう。

私は、とても嬉しかった。

なぜなら、久しぶりに家族三人で寝たり食事したり、楽しめるからだ。

しかし、このことが私をどん底に突き落とします。

外泊当日、妻の迎えを病室でソワソワしながら待っていた。

車は、ワンボックスタイプで、うまく乗り込めるかわからないので、看護師さんとPTさんも駆けつけてくれていた。

妻が到着したので、車いすから車に移乗し、自宅のマンションに帰る。

2LDKの大きくないマンションだが、新築だったこともあり基本バリアフリーだった。

しかし廊下が車いすが通るには狭い。

色んな不便を感じたが、病院に戻ったら克服するリハビリメニューを考えてもらうために、事細かに情報を書いていった。

そして、家族3人での夕食の時間になった。

今から振り返ると、本当に楽しい家族3人の最後の時間だった。

食後に、妻から話があると言われ、

娘を寝かせた後に、

「離婚してください」

と一言。

内心、少し覚悟はしていた。

9.向き合う覚悟

この段階で、ちゃんと「障害」と「自分の生き方」に対してちゃんと向き合おうと決心した。

意外と遅いですよね。

障害後に出会った人は、結構私をスーパーマンみたいに、最初から全てを受け入れてここまできたと思われている方も多いようですが、人並みに苦悩もしましたし不安も大きかったです。

障害を持って一般の社会で生きるのは並大抵のことではありません。

私としか触れあっていない人は、意外と簡単とか普通という印象を受けているようですが、私自身も表に出しませんが日々不安と苦労を重ねています。

障害の辛さは本当に人によるとしか言えないです。

健常者とか障碍者とかカテゴリーに関わらず生きづらい世の中ですから、「自分を大切にする生き方」をして「自分なりの幸せ」を見つけられればいいですね。

皆さんが幸せになることを願って、この記事を締めさせていただきます。

【自分を大切にする】
https://newlifestylesdlm.jp/2021/03/16/%e8%87%aa%e5%88%86%e3%82%92%e5%a4%a7%e5%88%87%e3%81%ab%e3%81%99%e3%82%8b%e7%94%9f%e3%81%8d%e6%96%b9/

【自伝的小説】
https://newlifestylesdlm.jp/2021/03/15/%e8%87%aa%e5%8f%99%e4%bc%9dweb%e5%b0%8f%e8%aa%ac/

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