共感と理解 2022.2.17

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私は、障碍者になってから共感と理解についとしっかり考えるようになりました。

福祉の業界でいうと共感というのは重要なポイントとして考えられがちです。
どれだけ利用者に共感できるか?というのは福祉関係者や当事者家族、障碍者雇用を受け入れた先の同僚や上司が考えることなのかと思います。
しかし、私自身が当事者になったことで健常者が障碍者を共感は無理だと感じた。
私自身健常者の頃から福祉に興味があり福祉大学を卒業し、実習も行ったが、そのころの思いや経験を振り返っても、福祉大学生でも全く共感できていなかったと改めて感じたわけだ。
そこで、分かったことだが、共感と理解を切り離すことだと思った。

共感できなくても理解はできるだろうと考えたのだ。
知識を増やしたり、できることできないことを知ることで理解はできる。
知ることが、社会のバリアを取り払う第一歩であり唯一の解決策だと思う。
だからこそ、共感と理解を切り離し、社会が理解の側面に注力していくという考え方もいいと思う。

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