1.柔軟な思考と適当は紙一重
柔軟な思考って難しい。
障碍者になったことで新たな視点を手に入れ多様性が増した。
だから柔軟になったわけではないと思う。
逆に、その視点に固執し、囚われ柔軟性が損なわれたと感じる。
新たな視点とは柔軟な思考に必須だと思っていたが、実は足枷となるのだと感じるようになった。
では、柔軟な思考の土台となるのは、私の経験から仮定すると、多様な視点や思考ではなく、素直さと心の許容範囲だと考える。
相手の意見を受け入れるのは並大抵のことではない、如何に偏見がなく、固執していないかということだが、「大人はちゃんとしていないといけない」
これに固執している人は日本に結構いらっしゃると感じる。
私自身は、「人はいつまでもくだらなくていい」と思っているタイプなので、どんな突拍子もない意見でも一度は受け入れられる状態を作れている。
ブログでは、良いことを言うとか綺麗ごとを意識して言ってるわけではなく、私は、自分の経験や、そこから得た教訓をそのまま言葉にしている。
このブログで書いてることは、そのまま私の生き方だと捉えていただいて良いと思います。
しかし、実際会ってお話すれば柔軟ではなく極めて適当な人間だと理解していただけるでしょう。
2.適当
「適当」というのは、当然、「手を抜く」ということではありません。
頑張りすぎることなく、マイペースであるということで、言い換えると、要領よく仕事ができると言ってもいいでしょう。
「現状をこなすこと」に精一杯になってしまうことは、現代社会において、何よりも避けなければいけないことだと私は考えています。
今、ここにある仕事だけをこなす日々が続くと、「1年先、2年先、10年先を見据えた仕事」ができなくなってしまいますし、大企業であっても簡単にリストラを断行する時代ですから、将来に目を向けずに仕事をすることは極めてリスクが大きいのです。
平均よりも仕事ができる、いわゆる優秀な人材ほど、ルーティンワークのエキスパートになりがちです。ルーティンワークのエキスパートとは、他の仕事に対する柔軟性の欠如を意味します。
そう感じる人は、すぐにでも「適当」に仕事をすることを覚えてください。「適当」に仕事をこなして自由に使える時間をつくり、いろいろなスキルを身につけるように努めましょう。
これは、一つの会社で生き抜くという、私の大元の考えから外れた仕事観の話ですが、わたしのようにパラレルワークえお推奨している人こそ「適当が重要」です。
どれだけ一つの仕事に囚われずに自分の時間を確保するのか、それには「適当」という考え方がポイントです。






















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