1.柔軟な思考
柔軟な思考って難しい。
障碍者になったことで新たな視点を手に入れ多様性が増した。
だから柔軟になったわけではないと思う。
逆に、その視点に固執し、囚われ柔軟性が損なわれたと感じる。
新たな視点とは柔軟な思考に必須だと思っていたが、実は足枷となるんだと感じるようになった。
では、柔軟な思考の土台となるのは、私の経験から仮定すると、多様な視点や思考ではなく、素直さと心の許容範囲だと考える。
相手の意見を受け入れるのは並大抵のことではない、如何に偏見がなく、固執していないかということだが、極端な思考を持つことで、無理やり柔軟にしてみたらどうなるか実践してみたい。
2.後ろ向きに歩いてみよう
思考の方向の話だが、前向きでも後ろ向きでもいいから自分と向き合おうと考えている。
しかし、実際は前を向いてポジティブに歩きたいという人で日本は溢れている。
そんな社会に一石を投じてみる。
「諦めの境地って後ろ向きの中で最高峰」
私の友人であり、中途障害で全盲になった坊主がいるが、まさに諦めの境地にいる。
「悟りの境地」を目指さないのか?と聞いたら、悟りの境地は生身の人間には無理、お釈迦様が本当に瞑想のみで悟りの境地に達したのなら、あの人はそもそも人間じゃない。
と話すお坊さんだが、諦めるというのは捨てるという事に非常に似ている。
大切な人間関係や物、価値観を捨てると、何が待っているのか?
絶望?虚無感?何だろ?
ちなみに私は障碍者になって離婚を突きつけられた時、全てを失っていないし、人生を諦めてもいなかった。
しかし、その全盲の坊主が、全てを失い、捨て去り仏門に入った経緯を私は知っている。
そこで、何が手に入るのか聞いてみると、
「新しい希望と世間から隔絶された空間と真に新しい価値観」が手に入ると言った。
私にも少し理解できることはある。
現状を冷静に分析した時に、真にやりたいことややるべきことが明らかになり、それは健常者のままでは到底たどり着けないものだった。
それが、私にとっての「自分を3/大切にする」という信念を日本中に届けるというものだった。
3.彼にとっての「諦める」
中途半端な諦めではなく、物事の真相を明らかにした又はされた上で諦めて得たものは、これからの人生を支え、心穏やかに人生を歩く上で大きな支えとなってくれる土台となります。
同じ諦めるなら、ただ諦めるのではなく、状況を明らかにして先に進む勇気を持ちましょう。
つまり、彼にとっての諦めは、ポジティブになるためのツールだったのです。
彼の言葉で「前を向かないと人生は歩けない。必ずしもそんなことはないが、前を向いて歩きたいと思っているなら、一度ネガティブな自分を諦め捨てて前を向きましょう。」
「後ろを向いて歩きたいなら、そんな人生を楽しんでチャレンジすればいい。人生に正解はないのだから、自分らしいと思えることに全てを費やせばいい。」
この言葉は非常に心に残っています。
Originally posted 2021-05-28 06:06:38.


















コメントを残す